竹生島(チクブシマ)その2 | おだわらぐらし

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縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わいたいと思います

(その1 からの続きです)

竹生島の 港を見下ろす場所に建つこのお堂は
「西國三十番札所」宝厳寺(ホウゴンジ)の観音堂です。

木彫装飾が施された唐門(カラモン)は国宝!

奥の観音堂は重文です。

(正面の木造は撫で仏のオビンズルさん)

廊下を南へ回ると 観音堂正面。(左手に観音様がいらっしゃいます。お寺のHPでバーチャル参拝できます。↓
http://www.chikubushima.jp/virtual/karamon/vrtour.html

これは東側の廊下_。他の箇所より彩色がよく残っています。元は華やかなお堂だったのでしょうね。

観音堂の先の渡り廊下は「舟廊下」と呼ばれています。なんでも 秀吉の朝鮮出兵のおりに造船された「日本丸」の船櫓(フナヤグラ)を利用して作られた、のだとか。(へー)/ これも重文でした。

廊下を渡った先は 竹生島神社(チクブシマジンジャ / 平安時代の『延喜式神名帳』に都久夫須麻神社_ツクブスマジンジャ と載る旧社)。

御祭神は、市杵島比売命(=弁財天)・宇賀福神(この神を竜神とする説+別に竜神を祀るとする説があるようです)・浅井比売命(=産土神) の三柱。 (浅井比売命は金糞岳(旧名:浅井岳)の神。叔父で伊吹山の神 多多美比古命と背比べをして勝ったものの、怒った伊吹山の神に頭を切られてしまいます。その頭が竹生島、だそうですから_なるほど、それで 浅井比売命がこの土地の神様_産土神なんですね?ただしこの島は無人島で 島の外にも氏子地域はもたない_と神社のHPにありました)

時にこの社殿は (その1にも書きましたが) 明治の「神仏分離令」以前は宝厳寺の本堂だった建物です。(ここも国宝!)

(↑幕に染め抜かれているのは神紋:入れ違い雨竜宝珠)
神仏分離令以前の宝厳寺は神仏習合のお寺で、 本尊の弁才天(神名・江文大明神)は毎月の「八日」を担当する 三十番神(サンジュウバンシン) の一柱として祀られていたそうです。(と、「その1」のコメ欄でzaiさんから教わりました)

(私は三十番神信仰というものをそも知りませんでしたが、神も仏も敬う事で 宗教間から争い事が消え 何百年もうまく収まっていたところに 明治政府は楔を打ってきたんですね・・・、宝厳寺に限らず 他の神仏習合派のお寺も大変なご苦労をされた事でしょうね・・・)

時にこちらは竜神さんも祀られています。(↓唐破風の下に描かれているのも竜かな?)

社殿の南には「八大龍王拝所」がありましたが、

そこでは かわらけが売られていて (因みに二枚一組300円)、

湖に向かって かわらけ投げ ができるようになってました。(願い事を書いたかわらけが あの鳥居(=宮崎鳥居)を潜ると願が成就するらしい)

(映画『偉大なるしゅららぼん』では 主人公:日出涼介(岡田将生)がかわらけに「友達ができますように」って書いてたんだって^^;)

さて そろそろ最終便が来る頃・・・

えー?もう乗船が始まってるよ? 乗せて下さいー (と港まで急いでもどったら、 これは臨時便でした^^; 私達は予定通り 次に入る便に乗ることにしましたよ)

港から改めて見上げた宝厳寺。/手前の石には「當嶋水際八町殺生禁断也」と書かれています。(神仏のおわす聖域ですからね_ もっともこの島の北側は鵜のコロニーになっていて糞害が激しく、駆除を余儀なくされているそうです・・・ 白字で打ってます^^;


島を離れます。

竹生島は 一見小さな島だけど、国宝・重文・景観 見どころが多く満足度の高い観光ができました。(+階段が一杯で歩き甲斐もありましたです^^)


長浜に戻った後は 夕食を頂きに「長濱浪漫ビール」へ~ (つづく)