実はトイレ繋がりで前の記事から続いてたけど長くなるから分けて。
そういえば、あるゲイとトイレの話。
彼は、自分を女の子だと思ってたわけじゃなかったんだけど、
なぜか男子トイレが嫌で、学校ではトイレを使えなかったらしい。
一日我慢してたんだと。えっ何それすごい(人のことおちゃらけてる場合か)。
まぁ、そのうち乗り越えたらしいけど。なんでだろうなぁ。
仮説としては、自覚はなかったものの、
無意識上で性自認がグレーゾーン女の子寄りのところにあったのではないかと。
だからつまり、女の人が男の前で脱ぐとか恥ずかしくてできないわけじゃん?
あ、俺関西弁だから「じゃん」って日常めったに使わないんだけどま、置いといて。
感覚的なところで、「異性」に大事なトコロを見られることに
生理的に違和感や嫌悪感があったのではないか。
身体的特徴上、「男」側にあるのは明確でも、
out of controlなところで、脳内の性認識センサーや信号が噛み合ってない、
そんな状態だったのかもね。
でも俺小さい頃は父さんに連れられて男湯に入った記憶、あるしなぁ。
…ん?逆(小さい男の子がお母さんにくっついて)はあってもこっちはそんなになくない?
記憶があるということは幼稚園以上で身体上女の子が男湯入ってるのって、珍しくね?…ま、いっか。
俺は父さんと弟とはしゃぐのが楽しくて、何の違和感も覚えなかった。
子どもの性に対する自我はあいまいなのか、
俺みたいなグレーゾーンの人間だからそうなのか。
性自認って、変動するものだとも俺は思うしね。
胎児期に浴びたホルモン量が云々もあるけど、
まぁつまり脳のデフォ、初期デザインの状態は大きなポイントたりうるし、
体内の男性ホルモン・女性ホルモン量も関係すると思うんだ。
そのホルモン量によって脳の性質も左右されるのでは。
考え方や体つきも男性的に変化したり女性的に変化したり。
「半陰陽」の新井祥先生のマンガとか参考になるよって
もっとスペースとったところで記事書きたいことだけど軽く触れとく。
他。一人称について。
俺も一人称の使い方がわからなくて、「私」、「僕」、「俺」そのどれも使えず
いかに一人称使わないかに苦心したり、「こっち」とか意味わからん迷走の果て、
表向き「自分」に落ち着いてるわけですが。
内面文にするとき「俺」や「僕」のがしっくりくるから適当にしてるけど。
あるゲイの子も中学くらいまで「俺」とも「僕」とも「私」とも使えず
「うち」と言ってみたりして、「おまえゲイじゃねーの」
疑惑(って事実だがもちろん彼の何ものも悪いわけではない)かけられたりしたから、
無理に「俺」に慣らしていって、今では使えるようになったそうな。
今はフェミニンなビアンの友達(何を隠そう一度は俺が惚れてしまった人だ
…ってあれ?この話まだしてねーじゃん。まそのうちそのうち)
も昔は一人称困ったとかボーイッシュだったとか。
若年性性同一性障害、とでも言うもんはあると思うんだよね。
昔は性別がグレーでした。そんな感じ。
ゲイ(と一口に言ってももちろん千差万別だけど)の性自認も、
案外グレーゾーンさまよってる人もいるようだ。
あとは、男のイメージを押しつけられるのは嫌だ、とかのジェンダーもね。
うーむ。
マジョリティなノンケが作った「普通」のものさしで
俺らひっくるめた人間全てを測ろうとするのがそもそもの間違いなのさ!
人間だもの。
種の保存を必然、及び至上目的として生きてるわけじゃなし。
100人が100人違った性持ってたっていいんでない?
…あー話があっちゃこっちゃ飛んでまとまってないのが気持ち悪いな。