知財アラカルト

医薬、バイオ、食品、化粧品、一般化学、高分子などの化学系分野に関する知財判決(主として特許と商標)や知財報道を取り上げ、その要点をコンパクトにまとめると共に、その要点についてコメントを付し、皆様方のお役に立つような情報として提供していきたいと思います。


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平成29年(2017年)10月13日知財高裁3部判決
平成28年(行ケ)10216号 審決取消請求事件


原告:アーシャ ニュートリション サイエンシーズ

被告:特許庁長官


 本件は、記載要件(サポート要件、実施可能要件)を満たさないとして拒絶審決された医薬用途発明の特許出願に対して、その特許庁判断(実施可能要件違反)が知財高裁によって支持された事件に関するものです。

最高裁HP: http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=87144

 

(1)事件の概要
①本件の特許出願(特願2011-506377)
 本願は、発明の名称を「脂質含有組成物およびその使用方法」とするものであって、本願発明は下記の通りです。

「対象における,更年期,加齢,筋骨格障害,気分変動,認知機能低下,神経障害,精神障害,甲状腺障害,過体重,肥満,糖尿病,内分泌障害,消化器系障害,生殖障害,肺障害,腎疾患,眼障害,皮膚障害,睡眠障害,歯科疾患,癌,自己免疫疾患,感染症,炎症性疾患,高コレステロール血症,脂質異常症,または心血管疾患から選択される医学的状態の予防および/または治療における使用のための,異なる供給源に由来する脂質の混合物を含む脂質含有配合物であって,前記配合物は,ある用量のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を含み,ω-6対ω-3の比が4:1以上であり:
(i)ω-3脂肪酸は,総脂質の0.1~20重量%であるか;または
(ii)ω-6脂肪酸の用量は,40g以下である,脂質含有配合物。」

 

②審決の要旨

1)サポート要件違反

 本願発明の課題は,「対象における,更年期,加齢,筋骨格障害,気分変動,認知機能低下,神経障害,精神障害,甲状腺障害,過体重,肥満,糖尿病,内分泌障害,消化器系障害,生殖障害,肺障害,腎疾患,眼障害,皮膚障害,睡眠障害,歯科疾患,癌,自己免疫疾患,感染症,炎症性疾患,高コレステロール血症,脂質異常症,または心血管疾患から選択される医学的状態」を予防および/または治療することであるところ,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても,本願発明が,本願発明に係る各医学的状態のうち,内分泌障害,腎疾患,癌を予防および/または治療するという課題を解決できるものと当業者が認識できる記載は認められず,そのことが本願出願時の技術常識から明らかであるとする根拠もないから,本願発明は発明の詳細な説明に記載したものではなく,本願の特許請求の範囲の記載は,サポート要件を満たさない。

2)実施可能要件違反
 本願発明は,医薬用途発明であるから,明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たすためには,出願時の技術常識に照らし,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要があるところ,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても,本願発明が,本願発明に係る各医学的状態のうち,内分泌障害,腎疾患,癌を予防および/または治療することに有用であると当業者が理解できる記載は認められず,そのことが本願出願時の技術常識から明らかであるとする根拠もないから,本願の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく,実施可能要件を満たさない。

 

(2)裁判所の判断
 裁判所は、実施可能要件違反とした拒絶審決について、概ね次のように判断し是認しました(下線追記)。

本願発明は,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物を,本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療に用いる医薬の用途発明であり,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸の含有比率及び含有量を上記所定の値とすることを技術的特徴とし,これにより本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療の効果を奏するものである。
②実施可能要件違反の判断について

1)特許法36条4項1号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ,ここでいう「実施」とは,物の発明においては,当該発明に係る物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が当該発明に係る物を生産し,使用することができる程度のものでなければならない。
 そして,本願発明のような医薬の用途発明においては,一般に,物質名や成分組成等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を当該用途に使用することができない。そのため,医薬の用途発明において実施可能要件を満たすものといえるためには,明細書の発明の詳細な説明が,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らし,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要がある。
2)これを本願発明についてみると,本願発明は,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物において,両者の含有比率及び含有量を前記所定の値とすることを技術的特徴とし,これにより本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療の効果を奏するというものであるから,本願発明について医薬としての有用性があるといえるためには,前記所定の比率及び量のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物(以下「本願発明に係る配合物」という。)を対象者に用いた場合に,本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じるものであることが必要であり,したがって,本願発明が実施可能要件を満たすものといえるためには,本願明細書の発明の詳細な説明が,本願出願当時の技術常識に照らし,本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるように記載されていなければならないものといえる。

 本願出願前の各文献には,ω-3脂肪酸及びω-6脂肪酸は,いずれも人体内では生合成ができない必須栄養素であるが,我が国における食生活の欧米型化に起因して,脂肪酸の摂取量は,肉類や卵,乳製品,植物油に含まれるω-6脂肪酸に大きく偏っている状況にあり,その結果,脂肪を構成する不飽和脂肪酸のアンバランス(ω-6脂肪酸の過剰)を原因とする高血圧,心臓病の循環器系疾患や乳癌,大腸癌などが増加し,そのほかにも,ω-6脂肪酸の多量摂取に伴う様々な健康障害が考えられることから,ω-6脂肪酸とω-3脂肪酸の摂取量の比率について,4:1程度,もしくはそれ以下とすることが望ましいとされていることが記載されているものといえる。そして,このような記載内容は,本願明細書の背景技術に係る「多数の研究により,ω-3脂肪酸の補給を用いた医学的状態の予防および/または治療についての証拠が示され,ω-6脂肪酸の摂取を減らすことが推奨されている。」との記載(段落【0006】)とも符合するものである。

 してみると,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸の摂取に関しては,ω-6脂肪酸の過剰摂取による健康障害を避けるため,ω-6脂肪酸の摂取を減らし,ω-6脂肪酸とω-3脂肪酸の摂取量の比率を「4:1」程度までにとどめるのが望ましいことが,本願出願当時の技術常識であったものと認められる。

3)しかるところ,本願発明は,本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療における使用のための配合物として,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含み,①両者の含有比率につき,ω-6対ω-3の比が4:1以上であること,②両者の含有量につき,(ⅰ)ω-3脂肪酸が総脂質の0.1~20重量%であるか,又は,(ⅱ)ω-6脂肪酸の用量が40g以下であることを特徴とする脂質含有配合物を提供するものであるところ,このような比率及び量のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物の使用が,本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療の効果を生じさせるということは,本願出願当時における技術常識からは考え難い事態ということができる。
 したがって,それにもかかわらず,本願発明に係る配合物が医薬としての有用性を有すること,すなわち,本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるといえるためには,本願明細書の発明の詳細な説明に,このような効果の存在を裏付けるに足りる実証例等の具体的な記載が不可欠なものといえる。
4)本件審決は,本願発明に係る各医学的状態のうち,内分泌障害,腎疾患及び癌の3疾患(以下「本件3疾患」という場合がある。)を捉え,本願明細書の発明の詳細な説明には,これらに係る実施例の記載がなく,これらを予防および/または治療することに本願発明が有用であると当業者が理解できる記載は認められないとして,本願は実施可能要件を満たさない旨判断し,これに対し,原告は,その判断に誤りがある旨を主張するので,以下では,多岐にわたる本願発明に係る各医学的状態のうち,本件3疾患に着目して,上記要請を満たし得る記載があるか否かを検討することとする。
 ア 本願明細書の段落【0006】及び【0007】)には,「ω-3脂肪酸の補給を用いた医学的状態の予防および/または治療において,ω-6脂肪酸の摂取を減らすことが推奨されている」ことなど,技術常識に沿った記載があるにすぎないから,このような記載から,当業者が,当該技術常識に反する理
解,すなわち,本願発明に係る配合物(すなわち,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物において,ω-6対ω-3の比を4:1以上としたもの)が何らかの医学的状態の予防および/または治療に有用であるとの理解をなし得ないことは明らかである。

 また,本願明細書の実施例6~段落【0063】)には,表13として,本件3疾患を含む14の医学的状態が列挙され,その予防および/または治療のために対象に投与される脂質配合物の「総脂肪の範囲(g)」,「ω-6の範囲(g)」,「ω-3の範囲(g)」,「ω-6:ω-3の範囲」等が記載されるが,例えば,「ω-6:ω-3の範囲」は,いずれの医学的状態についても「1:1~45:1」とされ,本願発明に係る配合物におけるω-6対ω-3の比である「4:1以上」と符合するものではないし,そもそもここでは,これらの範囲に係る脂質配合物を各医学的状態の対象に投与した実証結果等が具体的に示されているものではないから,このような記載のみから,本願発明に係る配合物を使用することによって上記各医学的状態の予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解し得るものではない

 以上によれば,当業者が,本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であると理解できるような記載があるとはいえない

 イ 内分泌障害について

 内分泌障害に係る本願明細書の実施例11,13,16ないし20に係る記載からは,当業者が,これらに係る各医学的状態を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できるものとはいえない。
 そうすると,仮に,これらの実施例がいずれも内分泌障害に含まれるとの原告の主張を前提としたとしても,これらの実施例に係る記載から,当業者が,内分泌障害を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できるものとはいえない

 ウ 腎疾患について

 腎疾患に係る本願明細書の実施例12及び18に係る記載からは,当業者が,心血管疾患及び糖尿病を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できるものとはいえない。
 そうすると,仮に,心血管疾患及び糖尿病がいずれも腎疾患と病因を共通にするとの原告の主張を前提としても,これらの実施例に係る記載から,当業者が,腎疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できるものとはいえない

 エ 癌について

 癌に係る本願明細書の実施例21に係る記載は,本願発明に係る配合物を使用することによって癌の予防又は治療の効果が生じることを裏付ける実証例の記載とはいえないものであり,このような記載から,当業者が,癌を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できるものということはできない
 オ 小括
 以上によれば,本願明細書の本願発明に係る各医学的状態についての実施例の記載(段落【0071】ないし【0111】)をみても,当業者が,本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であると理解できるような記載があるとはいえない(なお,以上で述べてきたことからすれば,本願発明に係る各医学的状態のうち,本件3疾患以外の多数の医学的状態についても,その実施例に係る記載から,当業者が,当該医学的状態を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できないものと認められる。)。

5)以上によれば,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても,当業者が,本願発明に係る各医学的状態のうち,少なくとも本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であると理解できるような記載を認めることはできず,また,そのことが本願出願時の技術常識であることも認められないから,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない

 したがって,本願につき実施可能要件を満たさないものとした本件審決の判断に誤りはない。

 

(3)コメント

①本件は、医薬用途発明について、実施可能要件違反とした特許庁審決が知財高裁によって追認されたものです。

 実施可能要件に関しては、製造面で議論されることが多いと思いますが、本件では医薬用途発明ということもあって、当該有用性当業者が理解できるように明細書が記載されているか否かが問題となりました。有用性は、解決課題と裏表の関係にあることが多く、実施可能要件で議論されるよりは、サポート要件で議論されることの方が多いように思われます。そのため、有用性に関して実施可能要件で議論した本件判決は、実務の参考になるのではないかと思いました。

②実施可能要件違反であれば、ひょっとすると、当該有用性を示す後出しデータで克服できる可能性があったかもしれません。しかし、知財高裁の請求棄却判決後(拒絶審決認容)においては、最高裁でひっくり返らない限り、その機会もないと思われます。仮にあり、実施可能要件違反を克服できたとしても、本件の場合、今度はサポート要件違反を克服できるか否か、予断を許さないものがあるかと思います。

 

以上、ご参考になれば幸いです。

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