職務発明規程の不合理性 | 知財アラカルト

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平成27年(2015年)7月30日知財高裁2部判決
平成26年(ネ)10126号 職務発明対価請求控訴事件

控訴人:X(原告)
被控訴人:野村證券(被告)

 本件は、被告の
職務発明規程不合理であるが、原告の職務発明に対する相当対価の請求は認めないと判断した東京地裁判決の控訴審であって、当該控訴審でも地裁と同様な判断が示された事件に関するものです。
最高裁HP:http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=85282

(1)事件の概要
被告の従業員であった原告が、被告に対して、証券取引所のコンピューターに対する電子注文の際における伝送のレイテンシ(遅延時間)を縮小する方法等に関する職務発明について特許を受ける権利を承継させたとして、特許法35条3項および5項に基づき、相当の対価の支払いを求めた事案
 本件発明は、米国にのみ出願されたが、特許取得できず
②原審(東京地裁平成25年(ワ)6158号)の判断

最高裁HP:http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=84627
 原判決は、本件発明について、被控訴人発明規程の定めにより対価を支払うこ
とが不合理と認められるとして、特許法35条3項及び5項による相当対価の請求の可否を検討することとしたが、本件発明(米国特許商標庁審査官から新規性欠如の拒絶理由を通知され、出願が放棄されている。)に基づく独占的利益生じていないから、相当対価の支払を請求することはできないとして、原告の請求を棄却しました。
③争点
1)被告職務発明規程の不合理性の有無
2)当該職務発明に基づく独占的利益の有無

(2)知財高裁の判断
 知財高裁は、概ね下記のような判断を示し、原審の東京地裁と同様、被告(被控訴人)の職務発明規程は不合理なものであるが、当該職務発明に基づく独占的利益はないとして、結局、相当対価の請求は認めず、原告(控訴人)の控訴を棄却しました。
①被告職務発明規程の不合理性の有無について
ア)協議の状況
 相当対価の定めが策定された後に使用者等に雇用された者との間では、既に策定されている相当対価の定めを前提にして個別に協議をすれば、「協議の状
況」としては、同等の考慮要素になると解される。しかしながら、控訴人が被控訴
人に入社した際又はその後に、被控訴人が、被控訴人発明規程に関して、控訴人と個別に協議を行ったり、その存在や内容を控訴人に説明の上、了承等を得たことがあったとは認められない
 単に、被控訴人発明規程を確認することを求めただけでは、「協議」があったとはいえない。
イ)開示の状況
 被控訴人発明規程1<発明等に関する規程>は、被控訴人社内のイントラネットを通じて被控訴人の従業者らに開示されており、控訴人もその内容を確認することができた。一方、被控訴人発明規程2<報奨等に関する規程>が従業者らに開示されていたとは認められず、控訴人が本件発明に係る特許を受ける権利を被控訴人に承継させる前に、控訴人に個別に開示されたことがあったとも認められない。
ウ)意見の聴取の状況
 被控訴人が、本件発明の対価の額の算定について、控訴人から意見を聴取したことは認められない。
 「意見の聴取」は、従業者等に対し意見を陳述する機会を付与すれば足りるところ、被控訴人発明規程は、意見聴取、不服申立て等の手続は定めておらず、また、被控訴人が個別に控訴人に対して意見陳述の機会を付与したことは認められない
エ)その他の要素
 
控訴人は、主に顧客拡大という営業目的で被控訴人に雇用されたものであるから、上記給与は、専らそのことに対する労務の対価であるにすぎないし、本件発明がされた後に、控訴人が被控訴人から本件発明をしたことに基づく特別の待遇を受けたことも認められないから、控訴人の給与額は、考慮すべき要素とはいえない。
オ)検討
 被控訴人発明規程は、控訴人を含む被控訴人の従業者らの意見が反映されて策定された形跡はなく、対価の額等について具体的な定めがある被控訴人発明規程2に至っては、控訴人を含む従業者らは事前にこれを知らず、相当対価の算定に当たって、控訴人の意見を斟酌する機会もなかったといえる。そうであれば、被控訴人発明規程に従って本件発明の承継の対価を算定することは、何ら自らの実質的関与のないままに相当対価の算定がされることに帰するのであるから、特許法35条4項の趣旨を大きく逸脱するものである。そうすると、算定の結果の当否を問うまでもなく、被控訴人発明規程に基づいて本件発明に対して相当対価を支払わないとしたことは、不合理であると認められる。
独占的利益の有無について

 使用者等は、職務発明について無償の法定通常実施権を有するから(特許法35条1項)、相当対価の算定の基礎となる使用者等が受けるべき利益の額は、特許権を受ける権利を承継したことにより、他者を排除し、使用者等のみが当該特許権に係る発明を実施できるという利益、すなわち、独占的利益の額である。この独占的利益は、法律上のものに限らず、事実上のものも含まれるから、発明が特許権として成立しておらず、営業秘密又はノウハウとして保持されている場合であっても、生じ得る
 しかしながら、本件発明は、本件システムにおいて実施されておらず、しかも、本件システムそれ自体が、既に本件発明の代替技術といえる。のみならず、・・・本件米国出願の前後から本件審査期間を通じて、FPGAを実装することで格段に加速された低レイテンシの取引を実現できることを示唆又は開示する研究成果の公表等が相次いでいるといえ、本件発明には、本件システム以外に多数の代替技術が存する。そうすると、本件発明が営業秘密として保持されていることによる独占的利益は、およそ観念し難い。
 以上によれば、本件発明に基づく独占的利益は生じておらず、かつ、将来的にも生ずる見込みはないというほかない。
 本件発明について被控訴人に特許を受ける権利を承継させたことによる相当対価は、認められない。

(3)コメント
①職務発明に係る特許法35条平成16年に少し改正され、従業者の職務発明を使用者に譲り渡す場合の対価に関しては、使用者と従業者との間の取り決めに委ねられるようになり、その取り決めが不合理でない限り尊重されるようになりました。逆に不合理であれば、その対価の額は従前通り裁判所が決めることになります。
 当該改正前の職務発明に関しては、従前の規定が適用され、当該改正法はここ10年で出願された職務発明に関して適用されます。当該改正法はまだ10年ほどしか経っていませんので、本事件のように、当該改正法で使用者と従業者との取り決めの不合理性が判断されたケースは大変珍しいと思います。そのため実務の参考になるのではないかと思います。当該改正法に係る全訴訟でも4件程度と聞いています。
 なお、本事件の裁判所の判断は、妥当ではないかと思いました。
②当該改正法が施行されてから未だ10年も経っていませんが、ご承知の通り、今般、職務発明に係る特許法35条がまた改正されました。産業界の要望が強かったと思います。施行は来年(4月?)になる模様です。
 今年の改正法の要点は、会社規定等によって職務発明を最初から使用者帰属にもできるということ、そうした場合、従業者には相当の利益請求権(対価に限らない)が認められること、また、その相当の利益に関してガイドラインが示されるということ、です。特徴としては、諸外国と異なり、従来通り、従業者帰属も選択できるというところでしょうか。また、相当の利益についても、従前は「対価」として基本的にお金でしたが、発明者の留学や有休延長なども法律上可能になるでしょう。使用者帰属にするメリットについては、いくつか言われていますが、ここではコメントを省略します。
 今回の改正によって、職務発明にまつわる労使間の紛争がどれだけ解消されるのかは分かりませんが、その争いの根底は、要は人事問題と思われますので、昨今問題となっている営業秘密の漏洩と絡んで、自社発展(利益向上)、日本の産業の発達を期する上で、
今後ますます上手く対応していく必要のある会社マターであると思います。

以上、ご参考になれば幸いです。