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医薬、バイオ、食品、化粧品、一般化学、高分子などの化学系分野に関する知財判決(主として特許と商標)や知財報道を取り上げ、その要点をコンパクトにまとめると共に、その要点についてコメントを付し、皆様方のお役に立つような情報として提供していきたいと思います。


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平成29年(2017年)12月26日知財高裁2部判決
平成29年(行ケ)10029号 審決取消請求事件


原告:長春石油化學股份有限公司、長春ジャパン

被告:日本合成化学工業


 本件は、特許無効審判において請求棄却(特許維持)との審決に対する取消訴訟であって、主に実施可能要件違反、とりわけ当該要件における委任省令違反ではないとの特許庁判断が否定され、審決が取り消された(原告勝訴)事件に関するものです。

最高裁HP:http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=87367

 

 

(1)事件の概要
①本件の特許権(特許4580627号)
 本特許権は、発明の名称を「エチレン-酢酸ビニル共重合体ケン化物ペレット群およびその用途」とするものであって、本特許権の請求項1(本件発明1)は下記の通りです。

「32メッシュ(目開き500μ)篩を通過する微紛(「微粉」の誤記)の含有量が0.1重量%以下であることを特徴とするエチレン-酢酸ビニル共重合体ケン化物ペレット群。」

 本件発明は、プラスチックフィルムの発明に関するものです。

 

②審決の要点

 本件の争点は、①新規性の有無,②進歩性の有無,③実施可能要件違反(委任省令違反を含む)の有無,④サポート要件違反の有無,⑤明確性要件違反の有無ですが、この中、実施可能要件違反の有無、委任省令違反の有無、及びサポート要件違反(一部)に関する審決の要点は、概ね下記の通りです。

1)委任省令違反の有無

 「エチレン-酢酸ビニル共重合体ケン化物(以下,EVOHと略記する)のペレット群及びそれを用いた積層体」(本件明細書【0001】)の技術分野において,「各種積層体に適用したときには押出機へのフィードの不安定性等によりEVOH層の界面での乱れに起因するゲル等が発生する恐れがある」(本件明細書【0005】)との未解決の課題があり,それを「32メッシュ(目開き500μ)篩を通過する微粉の含有量が0.1重量%以下」(【請求項1】)として解決したことが発明の詳細な説明中に記載されているから(本件明細書【0006】,【0007】,【0015】及び【0036】~【0045】),本件発明がどのような技術上の意義を有するかを理解できる。

2)実施可能要件違反の有無
① EVOHペレット及び微粉の粒径,形状等について

 当業者は,過度の試行錯誤なく,本件発明に係るEVOHペレット群や積層体を作ることができ,使用することができるような記載が発明の詳細な説明にあるといえる。
 また,発明の詳細な説明にEVOHペレット単体の粒径(寸法),平均粒径及び粒径分布について記載されていなくとも発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づき,当業者が本件発明に係るEVOHペレット群や積層体を作ることができ,使用することができるといえる。
②EVOHペレット群が製造不可能であること
 当業者は,過度の試行錯誤なく,本件発明に係るEVOHペレット群や積層体を作ることができ,使用することができるような記載が発明の詳細な説明にあるといえる。

3)サポート要件違反について
ア 篩分けについて
 本件発明の課題は,「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル等が発生する」(本件明細書【0005】)ことであって,これを解決するために「32メッシュ(目開き500μ)篩を通過する微粉の含有量が0.1重量%以下であるEVOHペレット群」(本件明細書【0006】)とすることが発明の詳細な説明に記載されている。
 また,「32メッシュ(目開き500μ)篩を通過する微粉の含有量が0.1重量%以下であるEVOHペレット群」が上記課題を解決することが実施例として確認されている(本件明細書【0036】~【0044】)。
 そうすると,当業者は,開示される篩分けの方法(本件明細書【0016】)を参考にしながら,篩の目開きを500μにして,この篩を通過する微粉の含有量が0.1重量%以下であるEVOHペレット群を多層フィルムの作製に供して(本件明細書【0037】),上記課題を解決することができるといえる。

・・・

 

(2)裁判所の判断
 裁判所は、まず本件発明は、委任省令違反ではないとした特許庁判断を否定し、その委任省令違反に基づいて実施可能要件に違反するから特許庁判断は誤りと判示しました。また、同様な理由でサポート要件違反ではないとした特許庁判断も否定されました。一方、新規性違反ではないとした特許庁判断は肯定されましたが、進歩性違反ではないとした特許庁判断は否定されました。結局、当該審決は取り消しとなりました。

1)委任省令違反について

 本件明細書には,「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」は,ロングラン成形により発生するゲルとは異なる原因で発生するゲルであると記載されているものの,本件明細書には,「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」が,乙15における「ゲル状ブツ」の原因となるゲルと,その形状,構造等がどのように異なるのかを明らかにする記載は見当たらない。
 また,本件明細書においては,「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」は,目視観察できるものであるとされ,乙15における「ゲル状ブツ」は,肉眼で見ることができるものとされているところ,本件明細書には,「目視観察」の定義は見当たらず,後者は肉眼で見分けられ,前者は肉眼で見分けられないものを含む旨の特段の記載はないから,本件発明における「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」背景技術(乙15)における「ゲル」を,観察方法において区別することができるとは,理解できない
 このように,本件明細書には,本件発明における「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」は,本件特許出願前の技術により抑制することができるとされているロングラン成形により発生するゲルとは異なる原因で発生する旨の記載があるものの,その記載のみでは,ロングラン成形により発生するゲルと区別できるかどうかは,明らかでないというほかない。
 この点について,被告は,「不完全溶融EVOH」が発生する機序について主張し,これは,従来から知られていた「熱架橋ゲル」とは異なる旨主張する。しかし,本件明細書には,被告が本訴において主張するようなことは何ら記載されておらず,被告が本訴において主張するような技術常識が存したとも認められないから,本件発明における「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」が被告が本訴において主張するようなものと認めることはできない。
 そうすると,本件発明における「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」の意義は明らかでないというほかなく,本件特許出願時の技術常識を考慮しても,「成形物に溶融成形したときにEVOH層の界面での乱れに起因するゲルの発生がなく,良好な成形物が得られ」るという本件発明の課題は,理解できないというほかない。

 したがって,本件明細書の記載には,本件発明の課題について,当業者が理解できるように記載されていないから,「特許法第三十六条第四項第一号の経済産業省令で定めるところによる記載は,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」と定める特許法施行規則24条の2の規定に適合するものではない
 以上のとおり,本件発明についての本件明細書の発明の詳細の説明の記載は,特許法36条4項1号の規定に適合しないから,審決のこの点に係る判断には誤りがある。

2)サポート要件違反について

 本件明細書には,本件発明の課題について,当業者が理解できるように記載されていないから,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであると認めることはできないし,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも,当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるとも認められない

 この点について,被告は,「本件発明は,粒径500μm(0.5mm)未満の微粉の含有量を0.1重量%以下に制御すること(新規な解決手段)により,『不完全溶融EVOH』に起因する界面での乱れによるゲル(点状に分布する透明な粒状の不完全溶融ゲルであり,EVOHの一部が極端な場合には他の樹脂層に突出するような形態)の発生(斬新な課題)を抑制することができる(新規課題解決効果の奏効)という特別な効果を得る」ものであると主張するが,この課題は,本件明細書及び技術常識から理解することができない。

 したがって,本件発明についての審決のサポート要件の判断には誤りがある。

3)新規性違反について

 甲1(特開2000-63538号)発明においては,「100μmの篩にかけ,該篩を通過した微粉の重量」しか規定されておらず目開き500μmの篩を通過する微粉の含有量については,規定されていない
 そして,目開き100μmの篩を通過できない微粉が,すべて目開き500μmの篩を通過しないことを裏付けるに足りる証拠はなく,目開き100μmの篩を通過できない微粉の量から,目開き500μmの篩を通過する微粉の含有量を推計することができることを裏付けるに足りる証拠もない
 そうすると,甲1発明において,目開き500μmの篩を通過する微粉の含有量が規定されているということはできないから,「32メッシュ(目開き500μm)篩を通過する微粉の含有量が0.1重量パーセント以下であることを特徴とする」本件発明1が,新規性を欠くものということはできない
 原告は,篩分けをして発生した微粉の粒径が全て100μm未満で0.1重量%であることは起こり得るのであって,篩分けをして発生した微粉の粒径が全て100μm未満で0.1重量%であるEVOHペレット群は,本件発明1及び3の権利範囲に含まれる旨主張する。
 確かに,篩分けをして発生した微粉の粒径が全て100μm未満で0.1重量%であれば,本件発明1は新規性を欠くことになるが,そのような条件は,甲1には記載されておらず,当該条件が本件特許出願時において技術常識であったことを認めるに足りる証拠はないから,当該条件が充足されていることを前提に新規性の有無を判断することはできない。

4)進歩性違反について

 本件発明1と甲1発明とを対比すると,次の一致点で一致し,次の相違点で相違する。
【一致点】
所定の篩を通過する微粉の割合が所定値より少ないEVOHペレット群。
【相違点】
本件発明1では,篩が「32メッシュ(目開き500μ)」であって,前記「所定値より少ない」が,「0.1重量%以下」であるのに対して,甲1発明では,篩が「149メッシュ(目開き100μ)」であって,前記「所定値より少ない」が「0.008重量%未満」である点。

<相違点の判断>

①甲1には,微粉の発生が極めて少ないEVOHペレットは,溶融成形性に優れ(【0001】,【0003】,【0029】~【0040】),溶融成形時のトルク変動や吐出量変化が少なく,厚みの均一性に優れたフィルムやシート等の成形物を得ることができること(【0040】)が記載されており,甲1発明の課題は,ペレット群における微粉を所定値以下に保つことにより,EVOHペレットをフィルムに成形する際に,膜厚の変化等の影響をなくし,厚みの均一性に優れた成形物を得ることであると認められる。
 弁論の全趣旨によると,甲3(「プラスチックペレットにおける微粉・ストリーマーの詳細を測定するための試験方法」欧州物流機械産業連盟(FEM))には,すべてのプラスチックペレットにつき,微粉が生じ,微粉の存在が原因となり,プラスチックペレットから最終製品への変換を行うに当たり,最終製品の質に深刻な影響を及ぼすこと,ペレットから粒子サイズが500μm 以下の粒子の断片である微粉を分離することにより,適切な質の製品を製造することができることが記載されているといえるのであって,甲3には,ペレットから微粉を取り除くことにより,プラスチックペレットから成形される最終製品の品質を向上させることが,課題として記載されていると認められる。そして,弁論の全趣旨によると,EVOHはプラスチックの一種であり,フィルムは,甲3における「最終製品」に含まれると認められるので,甲1発明と甲3に記載された事項は,最終製品の質の向上という点で,課題が共通するといえる。
 そして,甲3には,粒子サイズが500μm 以下の粒子の断片である微粉を,500μm のシーブ(篩)を用いて分離することが記載されているところ,粒子サイズが500μm 以下であることが,欧州物流機械産業連盟の定めた規格であり,欧州物流機械産業連盟は,欧州の当該分野における会社の80%以上(1000社以上)が加盟する非営利事業者団体であると認められる(甲28,29,32)ことを考え合わせると,本件発明1の微粉を,甲3に記載された事項である「32メッシュ(目開き500μ)」の篩を用いて分離すること,すなわち,相違点のうち,甲1発明における「149メッシュ(目開き100μ)」の篩を,「32メッシュ(目開き500μ)」の篩にすることには,動機付けがあるといえる。
 また,甲3には,上記のとおり,プラスチックペレットから微粉を取り除くことにより,成形される最終製品の品質を向上させることが,課題として記載されていると認められ,粒子サイズが500μm以下の粒子の断片である微粉を,500μmの篩を用いて分離することが記載されている。さらに,甲3には,プラスチックペレットの微粉コンテントは,通常の状況下において10~2000ppm(0.001~0.2質量%)の範囲内であること,例えば,質量1kgのペレットサンプルでは,質量10mg~2000mg(0.001~0.2質量%)の微粉が生じることがあることも記載されている。
 そうすると,甲3の記載事項から,プラスチックペレットから微粉を取り除くことにより,成形される最終製品の品質を向上させること500μmの篩を用いて分離されるプラスチックペレットの微粉コンテントは,通常の状況下において0.001~0.2質量%程度であることが理解できるから,成形される最終製品の品質を考慮して,プラスチックペレットの微粉コンテントを0.001~0.2質量%の範囲内で設定することが可能であり,当業者が適宜採用する設計事項であると認められる。
 したがって,甲1発明に甲3に記載された事項を組み合わせて本件発明1の構成に至る動機付けがあるということができる。
本件発明1の効果は,EVOHペレット群を「成形物に溶融成形したときにEVOH層界面での乱れに起因するゲルの発生がなく,良好な成形物が得られ,多層フィルムとして有用」であることである(【0007】)ところ,「EVOH層の界面での乱れに起因するゲルの発生」の意義について被告が主張するように理解することはできないから,この点についての本件発明1の効果は,「成形物に溶融成形したときに」,「良好な成形物が得られ,多層フィルムとして有用」という程度のことしか理解できない。表面に乱れがない単層フィルムは,その外観が良好になるはずであり,EVOH層を含む多層フィルムは,単層の表面の乱れがそのまま多層との界面に残存するといえるから,他の条件が全く同じであれば,EVOH層の表面に乱れがなければ,EVOH層の表面に乱れがある場合よりも,全体としてその外観が良好になるはずである。
 また,本件明細書において,EVOH層の乱れによるゲルの発生(目視観察)に関し,実施例1~4(微粉の割合0.02~0.08質量%)は,比較例1(微粉の割合0.2質量%)よりもゲルの発生が少ないことが記載されているが(本件明細書【0042】~【0044】),上記で述べたとおり,「EVOH層の乱れによるゲルの発生」の意義を理解することができないうえでの目視観察であるから,本件発明1の効果を検討するに際し,これを参酌することができない。
 したがって,前記の本件発明1の効果は,当業者が予測可能なものであり,格別のものであるとはいえない
③そうすると,本件発明1は,甲1発明及び甲3に記載した事項から当業者が容易に発明をすることができたと認定することができ,本件発明1は,進歩性を欠くものということができる。

 

(3)コメント

①本件では、実体的要件たる進歩性違反ではないとした特許庁判断も否定されましたが、それよりも委任省令要件(特許法施行規則24条の2)に適合しないため、その要件を含む実施可能要件に違反しないとした特許庁判断が否定されたことが興味深いと思います。先行技術のよく似たゲルと形状、構造等がどのように異なるのか分からず、本件発明に係る「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」技術的意義明確でないとされ、本件発明の課題が理解できないことから、当業者は実施できない旨認定されました。委任省令違反に基づいて実施可能要件違反が認定されるのは、珍しいのではないかと思います。

 実施可能要件に適合するか否かは、通常、特許法36条4項1号の規定における、発明の詳細な説明の記載が当業者が「実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである」か否かが問われ、同号における委任省令要件が問題になることはあまりないように思います。正直なところ、当該委任省令要件は、「技術分野」は何か、「背景技術」は何か、「先行技術文献」は何か、「発明が解決しようとする課題」は何かなどが、項分けして記載されているか否かといった形式的な要件に過ぎないと思っていました。発明の実体に関わる要件でもあると知り、勉強になりました。条文上、発明の詳細な説明は「経済産業省令で定めるところにより・・・記載したものであること」と規定されていることを疎かにしてはいけないと思いました。

②実務において、特許庁(審査・審判)の判断は、実施可能要件サポート要件といった記載要件に甘いように思うことがあります。色々な事情<例えば、出願人ないし特許権者側の一方的な情報がどうしても多くなり、そちら側の主張に少なからず引きずられてしまうこと(無効審判は対立構造ですが)、特許庁の一次的行政判断の尊重(推定有効)>はあるでしょうが、その記載要件が甘いことから、対象発明(引例発明を含む)の内容が十分に理解されず、そのことが新規性・進歩性といった実体的な要件にも影響し、結局、真偽不明のまま特許になってしまう、特許が維持されてしまうこともあるような気がします。異議申立てでは特にそう感じることがあります。

 一方、裁判(訴訟)においては、より対立構造の様相が高いこともあってか、記載要件違反と判断されることが比較的多いように思われます。出願人・特許権者側にとっては、記載要件判断が甘いことは非常に有り難いのですが、立場変わって、被特許権者側としては、特許庁の段階からもっと記載要件違反が認めてもらいたいところですが。

 

以上、ご参考になれば幸いです。

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