「国家を開く」ことについてですが、それはとりもなおさず、閉じこもった日本人のマインドを開放していく、ということです。日本人が「何よりだめな日本」を認識できず、すぐそこにある危機を危機と思えないのはなぜでしょうか。極東の島国という四方を海で囲まれた場所で、日本人同士で顔を眺め合い、日本人が日本人に対して発信する情報だけを頼りに生きているからではないでしょうか。
だから、いつまで経っても日本人である自分を、世界のなかで相対化できません。
日本を出て海外に行くというのは、その相対化を促す一つの手段です。そしてもう一つは、国家を開き、グローバルな世界を自らに取り込むやり方です。
一足飛びにはいきませんが、やはり外国人労働者の受け入れは避けては通れないと思います。
街を歩けばあちこちにさまざまな国の人がいるという状況をイメージできない人は、ニューヨークを思い浮かべてみるといいです。
アメリカはもともと移民社会であり、いまでも積極的に他国からの移住者を受け入れています。経済危機に見舞われながらも、アメリカが活力を失わず、つねにエキサイティングな国家でいられるのは、チャンスを求めて世界各地から集まってきた人たちが、アクションを起こし続けられているからです。
そのアクションを、政府は規制したりはしません。日本では公権力が自らの力が及ぶ範囲を少しでも増やそうと、すぐに規制の網をかけてきます。しかし、自由の国であるアメリカは、基本的には自己責任です。失敗も成功も、その結果は自分で引き受けるのが当たり前です。
企業も「採用は日本人に限る」という狭い発想を捨てて、採用基準さえ満たせばどこの国の人間もかまわないという価値観を持つべきだと思います。
さまざまな国の多様多種な人たちが職場に入ってきて、一緒に仕事をするようになれば、自分の実力が世界標準でどのあたりなのかということが、いやでもわかるようになります。
なおかつ世界にはいろいろな価値観や文化があることも、肌で知ることができます。そうした感覚を社員が持つことは、グローバルマーケットに乗り出すことを考えれば、不可欠と言っていいと思います。
かつてジョージ・ソロス氏は、国境や人種に関係なく、すべてに対して開かれた理想社会のことをオープンソサエティーと呼びました。魑魅魍魎が渦巻く資本主義の最前線で本質を見極めた人間が出した結論に、僕は100%賛成します。
いま日本に必要なことは、日本人だけの箱庭をやめてオープンソサエティーに移行することです。純粋培養では、世界で戦えるタフな人材は絶対に育ちません。アメリカやヨーロッパはもとより、中国やASEANにしても、成長している国は国外からどんどん優秀な人材を受け入れています。
もちろんヨーロッパ諸国が頭を悩ませているように、移民によって統治が不安定化する問題はあると思います。しかし、恐れていては何も始まりません。
外圧がきっかけだったにせよ、「維新」という英断によって国を開いた結果、日本は明治という近代を実現することができました。いくら「古きよき日本の伝統を守る」と言って閉じこもっても、日本が没落して諸外国の草刈り場となってしまえば、結局はその伝統も失われてしまいます。
そもそも日本は古来から、さまざまな文化を受け入れ、それを換骨奪胎しながら発展を遂げてきました。日本という国が自立していて、そこに大和魂があるかぎり、その本質が変わることはないと思います。