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この国は、そこで働く人材を「保護」すればよい、と思っています。

昨年から厚生労働省がハローワークの窓口を全国の大学に設置しました。この記事を見て、僕は唖然としました。20133月に卒業した大学生の就職内定率が約81,7%です(21日)。この数字が低すぎる、というわけです。

中国や韓国に行って聞いてみるといいです。就職内定率が81,7%といったら、「日本の内定率はなんと高いんだ!」と腰を抜かされると思います。

たとえば、2010年に中国の大卒者は630万人に達しましたが、卒業時の就職率は72%です。韓国も大卒の就職率は数年50%台であり、若者の就職難が深刻化しています。

しかし、「国はなんとかしてくれ」とは誰も言いません。社会に出れば、激しい競争が待っています。そこで勝ち抜けるだけの力がなければ、すぐに食いはぐれてしまいます。だからこそ、みんな必死で勉強して自分を磨きます。

初めから国に保護されなければ就職もできないようでは、グローバルの世界では、あっという間に淘汰されてしまいます。

どうしたら学生の就職内定率が上がるか、ではなく、どうしたら世界で戦える人間を一人でも多く輩出することができるか。それこそ厚生労働省の考えるべき課題ではないでしょうか。

どんなに言いつくろったところで、日本の国家財政が破綻寸前なのは、まぎれもない事実です。

企業経営者であれば、そこでどうするでしょうか。

「入るを量りて、出るを制す」。つまり収入をきちんと勘案して、支出をしっかり抑えることが、事業を立て直す基本です。

「入るを量る」ためにはまず、ありとあらゆる手段を使って歳入を増やします。といっても安易に増税すればいい、と言っているわけではありません。

もちろん必然性のある増税は躊躇すべきではありませんが、単純に取りやすいところから取るのでは、あまりに能がなさすぎます。

それより新しい産業を興したり、景気を回復させたりしたりして、経済の規模を拡大することで税収を増やすアイディアを、政治家や官僚は考え抜きます。そのためには、いま世界はどう動いているのか、どこに成長の芽があるのか、時代を考え抜く眼が欠かせません。

「出るを制す」ためには、徹底的に歳出を抑えます。痛みを伴うこともあると思います。しかしその理由をしっかり国民に説明して全体益を考えるのが政治家の使命です。同時に行政の効率化を推し進めます。官僚や政治家こそ、その模範を示さなければなりません。

おそらく国民は、問題の核心を理解しています。乗数効果のほとんどない公共事業を繰り返して「入り」を生まない歳出を続け、硬直化した官僚制度が既存権益化して大胆な構造改革を不可能にしてきたことを、きちんと認識しています。

そうでなければ、小泉改革にあれほど大きな支持は集まらなかったと思います。 

いったい「無駄な削減」はどこに行ったのでしょうか。

マニフェストで、「時代に合わない大型直轄事業は全面的に見直す」と公言した群馬県の八ッ場ダム。しかし途中で方針を転換し、201112月に建設再開が決定。2012年度予算には、本体工事建設費など56億円が計上されました。

鳴り物入りで始めた「事業仕分け」も、当初は「3兆円を捻出できます」と勢いがよかったが、族議員や官僚の思惑が色濃く反映されて、テレビの前で政治家がはしゃいだだけのパフォーマンスに終わってしまいました。

事業仕分けによって、最終的にどれだけの成果があったのでしょうか。国民には何もわかりません。いつの間にか「3兆円」という言葉を、政府は口にしなくなりました。

そして事業仕分けで廃止と判定された事業が、いつの間にかこっそり復活している事実を、どのくらいの国民が知っているのでしょうか。

「国家を開く」ことについてですが、それはとりもなおさず、閉じこもった日本人のマインドを開放していく、ということです。日本人が「何よりだめな日本」を認識できず、すぐそこにある危機を危機と思えないのはなぜでしょうか。極東の島国という四方を海で囲まれた場所で、日本人同士で顔を眺め合い、日本人が日本人に対して発信する情報だけを頼りに生きているからではないでしょうか。

だから、いつまで経っても日本人である自分を、世界のなかで相対化できません。

日本を出て海外に行くというのは、その相対化を促す一つの手段です。そしてもう一つは、国家を開き、グローバルな世界を自らに取り込むやり方です。

一足飛びにはいきませんが、やはり外国人労働者の受け入れは避けては通れないと思います。

街を歩けばあちこちにさまざまな国の人がいるという状況をイメージできない人は、ニューヨークを思い浮かべてみるといいです。

アメリカはもともと移民社会であり、いまでも積極的に他国からの移住者を受け入れています。経済危機に見舞われながらも、アメリカが活力を失わず、つねにエキサイティングな国家でいられるのは、チャンスを求めて世界各地から集まってきた人たちが、アクションを起こし続けられているからです。

そのアクションを、政府は規制したりはしません。日本では公権力が自らの力が及ぶ範囲を少しでも増やそうと、すぐに規制の網をかけてきます。しかし、自由の国であるアメリカは、基本的には自己責任です。失敗も成功も、その結果は自分で引き受けるのが当たり前です。

企業も「採用は日本人に限る」という狭い発想を捨てて、採用基準さえ満たせばどこの国の人間もかまわないという価値観を持つべきだと思います。

さまざまな国の多様多種な人たちが職場に入ってきて、一緒に仕事をするようになれば、自分の実力が世界標準でどのあたりなのかということが、いやでもわかるようになります。

なおかつ世界にはいろいろな価値観や文化があることも、肌で知ることができます。そうした感覚を社員が持つことは、グローバルマーケットに乗り出すことを考えれば、不可欠と言っていいと思います。

かつてジョージ・ソロス氏は、国境や人種に関係なく、すべてに対して開かれた理想社会のことをオープンソサエティーと呼びました。魑魅魍魎が渦巻く資本主義の最前線で本質を見極めた人間が出した結論に、僕は100%賛成します。

いま日本に必要なことは、日本人だけの箱庭をやめてオープンソサエティーに移行することです。純粋培養では、世界で戦えるタフな人材は絶対に育ちません。アメリカやヨーロッパはもとより、中国やASEANにしても、成長している国は国外からどんどん優秀な人材を受け入れています。

もちろんヨーロッパ諸国が頭を悩ませているように、移民によって統治が不安定化する問題はあると思います。しかし、恐れていては何も始まりません。

外圧がきっかけだったにせよ、「維新」という英断によって国を開いた結果、日本は明治という近代を実現することができました。いくら「古きよき日本の伝統を守る」と言って閉じこもっても、日本が没落して諸外国の草刈り場となってしまえば、結局はその伝統も失われてしまいます。

そもそも日本は古来から、さまざまな文化を受け入れ、それを換骨奪胎しながら発展を遂げてきました。日本という国が自立していて、そこに大和魂があるかぎり、その本質が変わることはないと思います。