マーラーの音楽は
あまり聴いたことがなかった
感覚的に
苦手意識が
心の片隅にあったから
クラッシック音楽は
基本的に古典派が
聴きなれているし
好きな音楽家も多いというのが
その理由の一つかもしれない
しかし
今回、好きな指揮者
佐渡裕が指揮する
マーラーの交響曲第五番を
テレビで見る機会があったので
聴いて?見てみた
初めは
暗く重たい感じの印象で
ただ
佐渡裕の指揮のせいなのか
少し男性的で
現代的な雰囲気が
演奏から漂ってきた
ところが
音楽の中盤を過ぎると
明るく、女性的な
柔らかいメロディを含む
繊細な旋律に
曲調が変化した
個人的な印象では
マーラーは
現代音楽で
難解なものと
距離があったのだけれど
聴いてみると
どうやらそれは
違っていたようだ
人間の持つ複雑な
心理的側面を
表現しつつ
そこに
女性的な情感と繊細さ
と
男性的な力強さ
を併せ持ち
現代的な人間の性を
表現していると感じた
いわゆる
中性化への方向
男性は女性的に
女性は男性的に
家庭における
夫の役割
妻の役割は
古くはその役割は
決まっていた
生活の基盤を男性が受け持ち
家の中での家事、子育ての
多くを女性が受け持つというもの
現代では
その役割は明確ではなくなってきており
夫と妻
男性と女性
という性別による
家庭のあり方は
大きく変化してきている
まさに現代を表現している
現代音楽の入り口の門を
叩き、扉を開いた音楽家の
ような気がする
その意味において
現代バレエと同じで
難解な側面と
研ぎ澄まされた感性
複雑で早い動き
高度なテクニックを要する
現在バレエの
方向性にも似ている気がする
そこに
性別の区別はなく
あるのは
「人間」
人間をどのように表現するのか
ということが
主要なテーマだと
考えられる
現代の芸術の
一つの方向性を
指し示しているのが
今回初めて聴いた
マーラーだった
それは
単に音楽だけに留まらない
実に深いものを
提示していた
その提示が
バレエにも及ぶことに
気づくのは
偶然だとはいえないだろう
音楽を聴き終えた後の
清々しい開放感
明るさは
いったい何なのだろうか
そこにマーラーの
本質がある
相模原のバレエ教室なら