Novel & Scenario (小説と脚本)

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映画「ナラタージュ」については以前感想をツイートして多くの方に読んでもらいましたが、ツイートなので文字数に制限がありザックリとしか書けませんでした。なのでここで詳しく。

ちなみに映画は1回しか見てません。原作は挑戦しましたがわりと早めに挫折しました。その程度で書く感想なのでだいぶフワフワしてると思います。あらかじめご容赦を。

さて映画ですが、とてもよかったです。松本潤さん演じる先生がわかりにくくてね。わかりにくいというのは普通いい意味では使われませんが、他人てそもそもわかりにくいものですし。そのわかりにくいのをなんとかわかるように、わかりやすく描くのが普通の表現なんですが、わかりにくいまま置く感じ。

と言ってもヒントはあって、奥さんとああいうことがあった、奥さんひとり幸せにできなかった、ほかの誰とも無理そうだ、でもこのまま落ち込んでいていいのか、慕ってくれる生徒がいる、彼女が元気になると自分は役立ってると思える、励みになる、でも生徒だしな、しかし距離を置いても寂しいのは変わらない、会いたいな、できればずっと好きでいてもらいたい、でもそれは甘えてる、よくないよくない、しかし自分もこれだけ支えにしているのは間違いない、今ならうまくやっていけるんじゃないか、自分とのことはさて置き彼女が今どうしてるかは心配だ…などなど先生はいろんな風になったんでしょう。不安定な時期だったから一貫してない。曖昧だったり翻ったり、それで有村架純さん演じる元生徒は振り回される。

しかしこういった先生の内面は映画の中で言葉、セリフでは語られない。語られないから元生徒の主人公もわけわかんなくて「なんなんですか」とキレちゃう。

テレビドラマだとああいう描き方は難しいでしょう。ながら見されるメディアですから。とにかく伝わるように説明しないといけない。視聴者の集中力をあてにできない。

橋田壽賀子さんの作品などそうですね。「渡る世間は鬼ばかり」とか。キャラクターがみんな自分の気持ちや考えをとうとうと述べる。そこまで言ったら相手は傷つくよ? あとあと引きずらない? そんなことまでどんどん口にする。日本の家族を書きながら日本人と思うには違和感があるくらいです。それでもまぁたくさんの人に見られるんだからテレビドラマはそういう表現が向いてるのかもしれません。

で、映画のナラタージュはそういった言葉での説明はなく映像で語るのみ。自分が先ほど書いたのも映像からの想像です。深読みしすぎかもしれません。ネットでは「ただ遊ばれただけ」という感想も目にしました。そんな風に片づけられるリスクはあった描き方だと思います。

しかし先生のモノローグを入れるとか、親友と会わせて気持ちをしゃべらせるとかも避けたんでしょう。モノローグは自己愛を感じる。誰かに話すのはガス抜きにも理解されたいという甘えにも見える。余計に嫌なヤツと思われかねない。ひとりで耐える男にするには沈黙しかなかった。それで理解されなくてもしょうがない。他者はそういう不可解なもの。誤解を怖れずセリフにしないまま押し通したチャレンジはやはり讃えたい。

そしてチャレンジできたのはテレビドラマより集中してもらえる映画というジャンルだったこと、監督や脚本の力なども勿論あったでしょうが、松本潤さんの力が大きかったろうなと。熱烈なファンがたくさんいますから。一見ドイヒーな先生のことも理解しようとしてくれる。深読みしてくれる。自然にそう見てくれる。それなしでは成立しなかったんじゃ、と思います。
 

 

 


 

 

 

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