玄関を開けると、ぼくがいた。
そんなはずはないのだが、ぼくがいた。
ひょろ長い体つき。まるい顔に眼鏡。口の脇のほくろ。
まったくぼくと同じ男。
「お、おまえは?」


「おれはおまえさ」
にやりと笑い、中へずんずん入る。
「やめろ---」立ちふさがると、
「どうして、ここはおれの家でもある」
言い返せない。もう一人のぼくは台所へ向かい、冷蔵庫を開け、
アイスクリームを取り出した。
ハーゲンダッツのリッチミルクをおいしそうに食べはじめる。
ぼくの恨みのこもった視線に気づき、
「あーん」とアイスクリームを一さじすくって、差し出す。
口に入れたとたん、またチャイムの音がした。


玄関に行き、ドアを開くと、そこにはまたぼくがいた。
ひょろ長い体つき。まるい顔に眼鏡。口の脇のほくろ。
まったくぼくと同じ男。
先ほどのやつと同じように、ずんずん中へ入る。
途中で、一番初めのやつに「よお!」と声をかけた。
ぼくが三人。宇宙が滅びる前兆か?


二番目のやつは、応接間のソファーに落ち着き、
「肩をもんでくれよ。肩こりがひどくてさ」
ぼくがあんぐりと口を開けていると、二番目のやつは
「もっと自分の事を大事にしろよ」という。
やけになって、そいつの肩をもみ始めると
「うーん、いいね。やっぱり自分ことは自分がよく分かる」
目を細めた。


しばらくして、またチャイムの音が---。
ドアを開けると---。
ひょろ長い体つき。まるい顔に眼鏡。口の脇のほくろ。
まったくぼくと同じ男。ただそいつは薔薇の花束を持っており、
ぼくに差し出した。受け取るとぼくを抱きしめ、
「う、うれしい。お前にやっと会えて」言った後で、
おいおいと泣き始めた。泣いている自分を突き放すこともできず、
ぎこちなく、背中のあたりをさすってやった。


その後も続々とぼくがやってきた。
ギターを持ったやつ。変な絵を持ったやつ。本を持ったやつ。
円周率をぶつぶつ呟くやつ。買物袋を下げて来て、料理を作り始めるやつ。
陰気に押し黙ったやつ。酔っ払ったやつ。
狭い部屋の中は、ぼくぼくぼくぼくぼく---で一杯。


しばらくすると、誰もがばらばらなことをはじめた。
カレーを作り始めるやつ。
寝転んでテレビをみるやつ。
本を読むやつ。
歌を歌うやつ。
眠るやつ。
風呂に入るやつ。
酒を飲むやつ。
不思議とけんかや諍いは起きない。
本当のぼくは(本当にぼくが本当のぼくなのだろうか?)、誰かが作ったカレーを食べた後、
眠り込んでしまった。

真夜中の2時ごろ目がさめた。いろいろなぼくがあちらこちらで眠っていた。
うるさい鼾をかいてやつ。歯ぎしりしてるやつ。大の字に寝てるやつ。
いろいろ。
どういうわけか、ぼくはお母さんのような気持ちになって、
眠っているぼくの一人一人に、毛布やタオルケットをかけていった。



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夏のまあるい永遠

テーマ:

サッカーボール
まあるい透明なボール
夏のまあるい永遠を
封じ込めたボール
ころころ
ころがる
中で
真っ黒なぼくと君が
白いアイスキャンディー
食べながら
いつでも
プールへ向かって
走っているよ


この題名は、敬愛するrokaさんのブログ「一粒の予感」の詩から頂きました。



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冷蔵庫の中からペンギンが

テーマ:

ペンギンが冷蔵庫から出てきた。
白と黒のツートンカラーだ。
ぼくが飲もうと思っていた缶ビールを手にしている。


よたよたと歩いて、応接間のソファーに座った。
「ふう、疲れた」
そう言った。


「どこからきたんだ?」
たずねると、
「動物園」
なるほど。
「いそがしいのかい?」
たずねると、
「うん」
こっくりと頷いた。
その後、缶ビールを開け、ごくごくと白い喉を鳴らして飲む。


「ペンギンであることに疲れたんだ」
飲み終わったあと、ぽつりと言った。
なかなか哲学的だ。
「そういうこともあるかも」
頷くと、
「ペンギンだって、息抜きしたい」
目をぱちぱちしながら言った。
「息抜き?」
「ごろごろするとか」
「ごろごろできないの?」
「できないよ。ペンギンはかわいらしく、ちょこちょこ歩き回っていないと」
なるほど。


ペンギンは急にテレビのリモコンを取って、スイッチを入れた。
ナイターの中継だった。巨人対阪神。1対10で阪神が勝っている。
しばらく一緒にみた。
「つまらん」
つぶやいて、ペンギンはスイッチを切った。
「面白かったのに」ぼくは口を尖らせた。アンチ巨人なのだ。
「1対1が一番いい」
なるほど。


「星を見たい」そう言って、ちょこちょこと歩き、ベランダに出る。
満天の星空だった。
「宇宙の果てはどこにあると思う?」
ペンギンがたずねた。
「知らんよ」
そう言うと、
「だから、人間は馬鹿だ」
ペンギンは吐き捨てるように言った。
ペンギンはくちばしを上げ、星空を見ている。
「あの星の光が今度地球に届くときには、もうぼくは死んでいる」
明るい星のひとつを指して、ペンギンは言った。
ペンギンのつぶらなひとみが星明りで、かすかに光っている。

「もう帰る」
唐突にペンギンが言った。
よたよたと歩いて、部屋に入り、冷蔵庫の前に立つ。
「さようなら。ありがとう」
ペンギンがひょっこり頭を下げた。
「どういたしまして」こちらも頭を下げる。
「たまには宇宙の果てについて考えること」
そう言い残して、ペンギンは冷蔵庫を開けた。



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六十億人で分かち合えるもの

テーマ:

二人で分かち合えるもの
十人で分かち合えるもの
百人で分かち合えるもの
六十億人で分かち合えるもの
母親に血まみれのわが子を
抱きしめさせるもの
銃の盾になる父親に
勇気をもたせるもの
飢えた二人にパンを
二等分させるもの
赤ん坊の目を輝かせるもの
破壊できない
砕くことのできない
金剛不壊のもの
永遠に続くもの
ただ一つしかないもの
そこにあるもの
むこうにあるもの
どこにでもあるもの
あなたの中にあるもの
私の中にあるもの
ここにいない彼の中にあるもの
風の中にあるもの
海の中にあるもの
光の中にあるもの
絶望を鍛えるもの
闇を貫通するもの
地球を包み込むもの
宇宙を貫くもの