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介護・オブ・ザ・ヴァンパイア(第16話/安楽死)

 

 

博士と少年ヴァンパイアは電車に乗った。それは博士の自宅とは逆方向だった。

そして誰もいない無人駅へとついた時、博士は身の危険を感じた。

 

 

「ちょっと待て。私の血液は猛毒だぞ?女ヴァンパイアを全身不随にした………」

「おじさん。大丈夫。分かってるよ。匂いでわかる。ここから歩くよ」

 

 

少年ヴァンパイアは坂道をぐんぐん登って行く。

「はぁはぁ………。ちょっと待ってくれ。私は引きこもりの研究者だ。こんな……」

「何言ってんの。大の大人が。置いてくよ」

 

 

そして小さなあばら家に着いた。

「見た目はあばら家だけど、ちゃんとした家だからね。住所もある。おばあちゃんもいるしね。で、この罠に………やったぁ!ウサギだ!ウサギは甘い~」

 

 

あばら家というか。こんな所に人が住めるのだろうか。

しかし表札とポストはついている。

 

 

『吉村タエ、勇』

 

 

「じゃあ行くよ」

「………。何処に行く………。もう歩けん。お茶ぐらい飲めんのか………」

「早く!早く!暗くなっちゃうから」

 

博士は釣り竿を渡された。あばら家の近くに清流があり、少年は釣りを始めた。

 

 

「何してるの、おじさん。おじさんのご飯を釣るんだよ?」

「………。そうだな」

 

博士の一人娘は亡くなった。だから博士はもう孫を抱けない。だから………。

今は………。孫と一緒に釣りをしている気分だった。博士は何だか嬉しかった。

 

 

結局、少年ヴァンパイアは鮎を3匹も釣った。

「………。おじさんはゼロか。ほんとあれだね。おじさんは研究しかできないんだね」

 

 

あばら家に戻った。

黄色いランプがぼんやりと光りその下に小さな囲炉裏があった。

少年は座って鮎に串を刺す。

「すぐに焼けるから。僕はウサギの首を折る」

 

 

部屋の中はボロボロだが何だか温かみのある、落ち着いた空間だった。

鴨居の上には男性の写真がいくつかあった。歴代の当主だろう。

「じゃあ食べようか。頂きまーす」

 

 

そう言って少年は大きなウサギの首に噛み付いた。そして真っ赤な口で言った。

「おじさんも早く食べなよ。焦げちゃうよ」


………鮎の塩焼き。美味しかった。研究室ではろくなものを食べていなかった。

博士は久しぶりに自然の物を食べた。

 

 

「よし、今日はいい酒を出すかな」

少年は立ち上がった。

「いや酒って君………」

「僕はおじさんの倍生きてるってば(笑)」

 

二人は酒盛りをした。109年前、少年は家が貧しかった為、女ヴァンパイアが所属した研究所に治験体として入ったらしい。女ヴァンパイアと同じく甘い煙を吸ったそうだ。

 

 

「………あれ?ちょっと待て。お婆さんって誰だ?」

「人間だよ」

「は?人間とヴァンパイアが?」

「おじさんは僕と同じ事してるよ(笑)」

「ん………。まあそうだな」


「孤独な人でね。僕を拾ってくれたんだ。僕はウサギがあればいいから一緒に暮らしていけた。優しい人だった」

「………過去形なのか?」

 

 

「倒れてね。身体の左半分が動かなくなった。2、3ヶ月はどうにかしようと頑張ったけれども僕じゃどうにもできない事もある。


………という事は病院に連絡するよね。訪問介護さんが家に来たり施設に入ったりするかも知れないよね?でもお婆さんは………。安楽死を選んだ」


「………血を飲んだのか」

 

 

「そうだね。泣きながらね。今は台所の下で眠っているよ。死亡届は出してないから今はお婆さんの年金で暮らしている」

「介護は………」

 

「だから言ったでしょ。2、3ヶ月は頑張った。でも僕では………。と言うよりもね、お婆さんが望んだんだ。不自由に生きていくより終わりにしたいと」

「………そうか」

 

 

「博士の所の女ヴァンパイアさんは全身不随なんでしょう?本当に生きる事を望んでいるの?それは博士のエゴではないの?」

 

 

………また言われた。娘、女ヴァンパイア、そしてこの少年ヴァンパイアに。

博士は思った。介護はエゴか?介助は押し付けか?

助からない病気を何とかしようとするのは罪なのか?

 

 

次の日、まだ夜も明けきれてない内に博士はあばら家を出ようとした。

毛布にくるまり後ろ向きに寝ていた少年ヴァンパイアが言った。

 

 

 「………楽しい家族ごっこだった。………誰だって身内に死んで欲しくないよね。でも僕はお婆さんを想って殺ったよ。


博士が介護している女ヴァンパイアさんには生きる希望をもって欲しいな。博士みたいな人がいるのに死ねないよね」

 

 

博士は研究室へ戻りベッドに腰掛けた。

女ヴァンパイアは壁に顔をむけたまま、表情はわからなかった。

 

 

「お前、本当に生きたいか」


「………私の右手の人差し指の先を触って」

「………ん。どうした」

「触って」

博士はヴァンパイアの指の先を触った。

 

 

確かにピクッと少し動いた。

 

 

 

 

 

命が死に逆らっていた。

 

 

 

 

 

(つづく)