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介護・オブ・ザ・ヴァンパイア(第12話/ご対面)

 

 

 

博士と堺と合田は地下研究室への階段を降りた。

 

 

「暗いですねぇ。少しくらい明かりはないんですか?」

「合成している薬が光を嫌うのだ」

 

 

「薬って………。本当に便利ですね。普通の人は分からないからどんな嘘でも並べる事ができますからね」

「君な、さっきから失礼じゃないか?娘がどうとか嘘がどうとか。今、研究室に案内しているのは私の善意だぞ!?」

 

 

博士はついついまた怒ってしまった。

堺はニコニコしていた。

 

 

「博士は純粋ですなぁ。さすが試験管ばかりを見てきた!って感じです。私の無礼お許しくだされ。怒らせるっていうのは一番手っ取り早く相手を知る方法なのですよ」

 

 

博士は思った。もうこいつには私が蛙だという事がばれてしまった。

 

女ヴァンパイアは寝ていた。

博士は心の中で

《《《《《………侵入者………》》》》》

という言葉を強く念じていた。

女ヴァンパイアの読心術はそれを聞き逃さなかった。

 

もし《《《《《………侵入者………》》》》》

という言葉を受け取った場合にはなるべく首を振って壁際を向いて髪で顔を見えなくし、寝ているふりをする。そして日本語が分からないふりをする。

 

 

「可愛い娘ですね。うちの娘と同じくらいだ」

「睡眠薬で寝ている」

「午前ですのに?」

「発作が出たのだ。鎮痛剤では効かないから眠らせた」

「本当に便利な………。名前は確認していましたけどねぇ。麗羅(れいら)ちゃんか。こりゃ手書きでは書けんわ。お顔ぐらい拝見したかったんですが………。これじゃ無理ですね」

 

 

博士は怒りを覚えていた。これは………。年老いた蛇のお遊びだ。

こいつは少年冒険小説の世界が見たいだけだ。

そして、それにはここは絶好な場所だ。

 

 

博士と堺と合田は玄関を出た。合田は車を出しに行った。堺はタバコに火をつけた。

「んーん。楽しかったですね。あ、タバコ失礼」

「もう来るな。帰れ」

 

 

堺は石畳み、その地下を指差しながらサラッと言った。

「ヴァンパイア?」

 

 

博士は心臓に杭を打ち込まれた気分だった。

しかし、これだけは絶対、動揺を読まれてはいけない。蛙でも蛇を飲み込むべき所だ。

 

 

「は?」

 

 

「あーいやね。昔からそういう少年冒険小説が好きでしてね。吸血鬼とか狼男とかね。私も、もうすぐ事務方に移るもので。最後に何か少年時代に想った様な事件が起こらないものかと」

 

「君の冒険ごっこに付き合っている暇はない、もう来ないでくれ」

 

 

堺は空に向かって煙を吐いた。

「なーにをおっしゃいますか(笑)。今日一日での貴方の心の移り変わり。突けば突く程出てくる怒り………。私は暇人ですから、こんな面白そうな場所からは目を離しませんよ(笑)。ここには何か、ある」

 

 

博士は何やら思い返しながら地下実験室へ戻った。

 

 

「ダメ、あいつヤバイ」

女ヴァンパイアは震えていた。

 

「心を読んだのか?一応、お前の身分は闇ルートで買っておいたが………」

「いや、あいつ初めっから私の事、人間だと思ってない」

 

 

どうにもならない状況を女ヴァンパイアは目をつむって首を振っていた。

「次、来られたら、私には何もできないよ。………身体動かないし。どうしよう。どうしよう」

 

 

「でもあれか………。お前にもやっと生きる気力が………」

「このくっそ馬鹿!お前は私を治してんだろうが!でも捕まったら只の国の研究材料だろ!それを恐れてんだよ!」

 

 

「そ、そうだな。ま、しかしそれは任しておけ。あいつはもう二度とお前に会えん。今回だけだ焦ったのは。後は功績ある化学者の力を見せつけてやる」

博士はニヤリと笑った。

 

 

 

所轄の警察署。改装前の古い建物。天井が低く薄暗い。

その5階の署長室で堺は署長に詰め寄っていた。

 

 

「は?松岡はまだ拘留中ですし、博士に血液を売ったとはっきり証言しています。後は物証です。あの研究室は怪しすぎる。署長、もう30年の付き合いじゃないですか?踏み込む価値はありますよ」

 

 

堺を目の前に署長は机に肘をつけてため息をついていた。

 

「気持ちは分かるけどな。お前の冒険精神も好きだよ。それで解決した事件も沢山あるしな。でも今回は無理だ」

 

 

堺はニコニコ顔を保つ余裕はなかった。

「何故ですか?」

「サッチョー(警視庁)の化学捜査研究室の室長から直接連絡があった。お前はもうあの博士の家には二度と入れない」

 

 

「は?」

「人脈だよ。人脈。お前、負けたんだよ」

 

 

署長は椅子を回してブラインド越しに真昼の空を見た。

堺は少しうつむいて、ニコニコを取り戻した。

「そうですか………」

堺は扇子を広げながら所長室を出た。

 

 

 

 

 

《《《《《………助けて!!!………》》》》》

 

 

 

地下研究室で眠っていた女ヴァンパイアは読心術から聞こえる叫び声で目を覚ました。

この声は先日の女児だ。

 

 

女ヴァンパイアは思った。

 

生きていた………。

いや………もう虫の息だろう。

 

この家族喰いのヴァンパイアは両親だけを殺し、女児を虫の息にして毎日、少しずつ血を飲んでいる。

ヴァンパイア達に取ってはこの上ないご馳走のひとつだ。

男か女かは分からない。

 

 

そんなに遠くない。

ローソンの隣か?

 

 

博士には言えない。

言えば助けようとするだろう。その場合必ず殺される。

それに私の治療についてこれまで以上に思い悩むだろう。

 

 

博士には言えない。

 

 

 

 

 

《《《《《………誰か………………》》》》》

 

 

 

 

 

(つづく)