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介護・オブ・ザ・ヴァンパイア(第02話/遭遇)

 

その時突然、博士の地下研究室に若い女が階段を降りてきた。

 

 

ショートヘアで赤いメッシュが入った茶色い髪。真っ赤な口紅。

赤のショール。胸が見えそうな程開いた、黒の刺繍がついたインナー。

そして黒のミニスカートとタイツ。赤いピンヒール。

透き通る様な白い肌。

とんでもない美人だった。並の男なら、身震いをする。

 

 

「あーら。あんまり荒れた家だから無人と思ったら人がいたのねぇ」

「………。誰だ?お前?」

 

 

そう言った瞬間、女の顔は博士の目の前にあった。目が真っ赤だった。

 

 

「不味そうねぇ。まあいいわ。トンネル工事が始まっちゃったからねぇ。寝床がないの。ここは良さそう。もちろん持ち家よねぇ。ちょっと薬品臭いけどさぁ」

 

 

女は床に撒き散らされた大量のガラス片を横目で見た。

何やらよく分からない機械も床でひしゃげている。

 

 

「たいそう暴れたのねぇ。上に若い女の子の仏壇があったけど娘さん死んじゃったの?」

女は地下研究室の隅に置いた仮眠用のベッドに座った。

「………娘は不治の病だった。十数年、研究して試薬を作ったが、完成前に逝ってしまった」

 

 

博士はこの女から匂う香水か何か?良くわからないが虜になってしまいそうだった。

女はベッドに両手をついてリラックスしていた。

 

 

「そ。あの写真くらいのお歳で亡くなったのかしら。子供の頃の写真もあるね。可愛らしい。布団の中でピースしているって事は、寝たきりだったのね。可哀想に。見た目は私と同い年位かしら」

 

 

女は博士のメインデスクの壁に貼ってある娘の写真を見ていた。

博士はこの暗い研究室で何故この女が写真を見る事ができるのか不思議に思った。

 

 

「誰かと聞いている」

「誰って………。血を飲んで生きている生き物よ………。明治から生きているわ。ね、坊ちゃん。色々八つ当たりしたいのだろうけど、とりあえずガラスの破片が危ないでしょ。片付けなさい。後で優しく終わらせてあげるから」

 

 

博士はこの何だか分からない誘惑を振り払おうとした。

「そんな存在は認めない」

「うるさいご飯だな。ハイ」

 

 

………。いつ噛まれた?女はさっきまで部屋の隅のベッドにいた。え?いつ?

首に深く犬歯が突き刺さっている。そして………血液を吸われる間は天国を歩いている様な気分だった。女は博士の首から歯を抜いた。

 

 

「どう?血液を飲まれている間は天にも昇る気持ちでしょう。抵抗もできないでしょう?私達は永遠の命を持ったヴァンパイア」

 

 

博士は意識が遠のいた。

「じゃあお休みねん。………。…???」

女ヴァンパイアはいきなり暴れ出した。

 

 

「???……?????うえばええうええ、お、お前何飲んでるだだしかし運い??れなんのくすり………」

 

「………娘の為の薬か………静脈に入れた」

 

 

しばらくの間、この血液を飲む生き物は床に倒れて痙攣していた。

やがて呼吸が落ち着き、その生き物は話し出した。

床に散らばったガラスであちこち傷だらけになっていたが、すっと全ての傷口が塞がった。

 

 

「私達の血はなぁ………。身体はなぁ………。地球上のあらゆる細菌、ドラッグに勝ってきたんだよ………。私は今、喋れる。しかし身体は動かなくなった………。多分、一生だろう………。もう首から下の感覚がないからねぇ。130年も生きてきて最後はこれかぁ。まあ何人飲んだか分からないし、もういっかぁ」

 

 

博士は考えていた。15年間、戦っても娘を助ける事が出来なかった。

この女ヴァンパイアは姿形も顔も残忍さも種族も全く娘とは違う。しかし………。

博士は治らない病気を見過ごす事ができない。

研究者という名の血がそれを許さない。

 

例えそれがこの血液を吸う生き物だとしても。

そうでなければ博士という職業は要らない。

 

 

「忍び込んで悪いけどさぁ、殺してくんないかなぁ。首を真っ二つか太陽の光に当ててたら死んじゃうからさぁ」

 

 

「………治す。また人の血液を吸え。そんな事はどうでもいい。お前らはただ単純に食事をしているだけだろう。倫理なんて人間の価値観を押し付けたりはしない」

 

 

「ハッ自分の娘と重ねたな。さっさ殺せ」

 

「お前らの食事のペースはどの位だ」

「ハハハ、興味持った?4週間に一人だよ」

 

「じゃあ今までお前が飲んだ人間は1200人位か」

「計算はえー」

 

 

博士は女ヴァンパイアをベッドに乗せた。

「今日から1年かけてお前を治す。同時に1年後、お前の真上の天窓が開く様にしておく。それでお前も灰になれるだろう」

 

「いや、望んでないんだけど。そもそもどうやって私を介護すんのさ。血液がなきゃ生きていけないのにねぇ」

 

「まあ排泄、着替え、清拭(せいしき)。または入浴、身体整容、一通りの介護は問題ない。娘にやっとったからな。血液は不良看護師から定期的に買い取ってやる」

 

「いや、何言ってんのかわかんない。早く殺してくんないかな。人間と違って未練とか恐怖とか全く無いんだけど」

 

 

「私はとても頑固だ」

 

 

 

そして全身不随の女ヴァンパイアと、天才博士との介護 兼 実験の不思議な生活が始まった。

 

 

 

 

(つづく)