会話が続かないの なぜだどうしてだ あほかー
……で、お馴染みの石川です。
かつて、これほどスリリングな夏があっただろうか?
いつゲリラ的な豪雨に襲われるかわからぬ毎日。
上空に濃いぃ暗雲が立ちこめるたび、「くるか?くるのか!?」とビクビクしながら家路を辿る夕暮れ時。
保険として折りたたみ傘を常時携帯してみたところで、あの放水車が如き水圧を有する豪雨が相手では、そんなものただのナイロン布付きステッキでしかない。
というかもう普通の傘でも防雨具にはなりえない。
そんな物理的にもメンタル的にも背筋が冷たくなる今日この頃。
皆様はいかがお過ごしだろうか?
『悲鳴』
……という漢字を紐解いてみると、『悲しい』・『鳴く』という単語に分かれるわけだが。
おかしくない?
悲鳴って、主に驚いたときとかに出る声のことだよね?
『悲しい』時に『鳴く』のは『嗚咽(おえつ)』だよね?
なんでこんな漢字なんだろう……?
……いや、そんな屁理屈じみた話しがしたいわけじゃなくて。
悲鳴とは、日常生活ではなかなか上げる機会のない声……なのだが。
つい先日。
俺は朝っぱらから、誠にみっともないながらも、悲鳴をあげてしまった。
その日はいつもと変わらず定刻に目覚め、うすら寝ぼけた頭のままダラダラと身支度をしていた。
ただでさえ細い目も寝起きゆえに半開きであり、目ぇあけてんのか閉じてんのか判別できないような寝起き顔が洗面台の鏡に映る。
今なら亀と競争しても負けそうなほどのスローな動作でハブラシを口につっこみ、口内に刺激を与え、意識の覚醒を促進する。
(ああ……今日は燃えるゴミの日か)
口内の研磨作業を続けるうちに、そんなことを考えるようになるほど思考回路が生気を帯びてきた。
ハブラシをくわえたまま、キッチンのゴミ箱から一週間分の可燃ゴミをまとめ、玄関に。
その後洗顔を終え、あまり時間もないのでトースト食いながらサクっと着替えを済ませ、可燃ゴミ片手にいざ外出。
玄関扉をしっかり施錠。
……ふと、隣の住人の部屋の玄関扉が目についた。開け放たれている。
……換気でもしているのだろうか。まぁ、熱気とか臭いとかがこもってしまう季節ではあるが、そんなにドア全開にしてると、蚊とか侵入するぞ?
などと、面識のない隣人に対して心中で注意を喚起しつつも、それを行動に起こすことなく踵を返した。ここは冷徹都市トーキョー。
そして、俺は手にした可燃ゴミを投棄すべく、このアパートのゴミ集積所へと足を向ける。
まぁ集積所と呼べるほど大した設備ではない。
およそニメートル四方のコンクリ造りのスペースに、カラスよけのネットが設けられているだけの、簡素なものだ。
集積所には、すでに5~6袋ほどの可燃ゴミが山積みになっていた。
そのゴミ袋の山の頂きには、先述のカラスよけのネットが被せられている。
こうしてネットを被せなければ、憎き害鳥どもがハイエナの如く群がり、その鋭い嘴をもって袋を突き破っては中のゴミを漁りそこら中に撒き散らし、我が自宅アパートの玄関口はスラム街の路地裏のような惨状となってしまうのだ。
ゆえに、俺が手にしたこの可燃ゴミを投棄するには、一度カラスよけネットをめくり、その中へゴミを置き、再びその上にネット被せる、という手順を踏まなければならない。
……で。
集積所に近づき、ネットをめくり上げんとしたその瞬間――
『ガサガサ』
ネットの下に積まれたゴミ袋群から、不穏なざわめきが聞こえた。
「……ひぃっ!?」
俺は慌てて飛び退いた。
何!?何なの今の音!?
何かいる……!!それも、けっこうデカイ何かが……!
得体の知れぬクリーチャーを相手に、臆病な俺の本能が派手に警鐘を鳴らす。
どうすることもできないまま、俺はゴミ袋片手にただ身を震わせる。
何だ?ゴミ捨て場に群がるヤツといえば……Gか!?
いや、あのガサガサ音はGのような小型害虫が生み出せるものじゃない!
もっと壮大で……もっと危険で……もっと邪悪な……
そうして、ガサガサ音の犯人探しを脳内で巡らせていると――
『にゅるり』
――!!
ネット内のゴミ袋郡の隙間から、細長い何かがうごめくのが見えた。
は!?何今の!?
黒くて細長くて……
え、まさか蛇!?
ちょい待って、ここ東京やん!?
しかも都心からそんなに離れてないやん!?そんなとこで蛇出るかえ!?
四国の実家におったときでさえ蛇とかほとんど見んかったちや!!
ちゅーか周りに山も川も草むらもないのに、どっから蛇来るが!?
……封印していた土佐弁が出るほどに、錯乱状態にあった俺でした。
さて、どうするか。
俺は四国のクソ田舎出身のクセに、虫とか爬虫類とかまったくダメなヘタレである。
カブトクワガタはおろか、セミすらもさわりたくないってなレベルだ。
そんな俺の目の前に蛇とか……ハードル高すぎる。
……このままゴミ袋をブン投げて逃げるか。
いや、ちゃんとネットの中に入れないと、カラスに荒らされる。
でもネットの中には……未確認グロテスク生物(蛇?)が!
「……うぅぅ……」
泣きそうになるのをこらえながら、俺はゴミ捨て場のネットににじり寄った。
何で……
ただゴミを捨てるだけなのに、何でこんなダイブフロム清水舞台な思いをしなければいけないのだろう。
そして――
震える右手を伸ばし、ネットを掴んだ……
――瞬間。
シュタタタタタッ!
「うほぉあぁぁぁぁぁぁっ!」
ゴミ郡の中から、打ち出された大砲の如く灰色の物体が飛び出し、俺の右足をかすめていった。
クリーチャーの正体は…………ネズミだった。
あのにゅるりとうごめいた細長いアレは、ヤツのしっぽだったのだ。
いやまぁ……蛇じゃなくて良かったけど……
にしても――めっさデカかった。
マジで、冗談抜きで、文庫本よりも大きかった。
逃がした魚は大きかった、とはいうけれども。
だって、尻尾だけ見えて「蛇か!?」と見紛うたほどである。
ほんとデカかった。しっぽグロかった。
マジビビった。
あれは大の男でも悲鳴をあげるわ。
……で。
そのデッカイネズミなんだが。
前述のとおり、俺の右足をかすめて走り去っていった。
そして、その走り去った方向が。
アパートの内部なわけで。
……あ、
ウチのお隣さん、玄関の扉、開けっぱなしで……!