そんな中で、東京に住む私のおばあちゃんから電話がかかってきた。年賀状のお礼を兼ねての電話だとすぐに察して、折り返し電話をした。すると、元気なおばあちゃんの声。
「年賀状ありがとうね。今年は体がきつくて例年の半分の60枚くらいにしたんよ。心のこもった文を書いてくれてとても感動しましたよ。私も、がんばりますよ。
この一生を何に使うのか?絶対にぶれたらいかんね。何歳になっても何度でも原点に戻らんといかんね、まさよしくん。私は、絶対にこの世の中から悲しみを少しでもなくしてみせるけんね。どんなに誤解したり、心ない言葉を浴びせる人がいたとしても、私は誓ったのよ。自分だけが幸せになるとか、周りの人だけが幸せになるとか、そんな生き方は絶対にしないって誓ったのよ。そして、ここまで走りぬいてきた。足は少し悪くなったけども、この体を大きな目的のために使ってみせるけんね。
正月には、たくさんの孫やひ孫に囲まれてにぎやかに過ごして、そうかと思えば、とてつもなくひっそりと過ごすこともあるんよ。人間は両方経験せないかんね。 自分の悲哀なんてどうでもよかことよ。・・」
間もなく90歳になろうとする、祖母の言葉。自分の血筋。
自分がどう生きたいのか、自分がどのようにこの世界に役に立ちたいのか。
いろいろ確認できた10分間。
年末年始って、やっぱり特別な時間な気がする。
また、これから怒涛のように時間が過ぎるけども、いい報告ができるように丁寧に正直に生きていこうかなっと。
ここのところ妻と一緒にテレビを見たりすることも増えた。
けっこう感動屋さんで、リアクションする人だし、笑う場面でそれを共有しようとこちらをちらっと見たりして、何だか今まで見えていなった素朴でいいところを発見。
今日は、お昼過ぎに電気カーペット上でうつぶせに妻は寝ていて、「カーペット殺人事件」みたいな形相になっていた。髪形も乱れ、最近のKABAちゃんみたいになっていた。

しかし、きちんとしていたい方なので、起きてからは身なりを整えて、きれいにしている。そんなギャップを横で観察しているのも楽しみの一つになってきた。
年末年始は、妻の実家におじゃまして3泊4日、ゆっくりと過ごした。
リゾート地でもないのにあんなにのんびりしたのは、島にいたときにもなかったんじゃないかなっていうくらい。
妻の姉妹夫婦、そしてそのお子さん。妻の実家のご両親とおばあちゃん。
とりとめもない会話をして、安否を探る。そんな時間だったかな。そして、いつも温かい空気を作ってくれたみんな。こちらもアウェーとは言え、相手もアウェーな人を受け入れるわけだから、それなりに疲れるし気もつかうだろうし。
姉妹夫婦の旦那さんとは、もっとさしで話をして、いっぱい愚痴とか聞いてあげられなかったのが、今回の最も大きな後悔。何だかんだ言ってもみんな何かを抱えている。男系家庭に育った者として、同性として、年の近い家族として、彼の何かを解き放ってあげられなかった残念な自分を責める。
以前に会った時に歩くこともままならなかった夫婦姉妹の長男は、エネルギーをもてあますほどのやんちゃぶり。男の子なら、まあ、あれくらいかなって思うくらいだけども。最近のおもちゃはずいぶんと精巧で重厚な造りの物が多くて、びっくり。

小さいお子さんが、ピザーらの「カニ、カニ、カニーー!」のCMの動きとリズムにのりのりになることに感激もした。甥っ子は可愛くて仕方がない。
けっこう感動屋さんで、リアクションする人だし、笑う場面でそれを共有しようとこちらをちらっと見たりして、何だか今まで見えていなった素朴でいいところを発見。
今日は、お昼過ぎに電気カーペット上でうつぶせに妻は寝ていて、「カーペット殺人事件」みたいな形相になっていた。髪形も乱れ、最近のKABAちゃんみたいになっていた。

しかし、きちんとしていたい方なので、起きてからは身なりを整えて、きれいにしている。そんなギャップを横で観察しているのも楽しみの一つになってきた。
年末年始は、妻の実家におじゃまして3泊4日、ゆっくりと過ごした。
リゾート地でもないのにあんなにのんびりしたのは、島にいたときにもなかったんじゃないかなっていうくらい。
妻の姉妹夫婦、そしてそのお子さん。妻の実家のご両親とおばあちゃん。
とりとめもない会話をして、安否を探る。そんな時間だったかな。そして、いつも温かい空気を作ってくれたみんな。こちらもアウェーとは言え、相手もアウェーな人を受け入れるわけだから、それなりに疲れるし気もつかうだろうし。
姉妹夫婦の旦那さんとは、もっとさしで話をして、いっぱい愚痴とか聞いてあげられなかったのが、今回の最も大きな後悔。何だかんだ言ってもみんな何かを抱えている。男系家庭に育った者として、同性として、年の近い家族として、彼の何かを解き放ってあげられなかった残念な自分を責める。
以前に会った時に歩くこともままならなかった夫婦姉妹の長男は、エネルギーをもてあますほどのやんちゃぶり。男の子なら、まあ、あれくらいかなって思うくらいだけども。最近のおもちゃはずいぶんと精巧で重厚な造りの物が多くて、びっくり。

小さいお子さんが、ピザーらの「カニ、カニ、カニーー!」のCMの動きとリズムにのりのりになることに感激もした。甥っ子は可愛くて仕方がない。
真っ白な北海道の真ん中の高速道路を、妻の実家目指して走る年末。
docomoのスマホならではの動画サービスを楽しむ妻。電波が不安定になるまでの短い閲覧の悦。
なんとも年の暮を感じるひと時だなあと。
年の暮れや始めには、諸宗が初詣の商業を賑やかにしながらも、自宗のルーツや誤りを隠しあるいはまげて民を詣らせるのは、いったいどんな感覚なのかと憤ることがある。
知らない、知らせない、知ろうともしないことが積み重なり、メディアを通して得た感覚だけに頼る危うさは、宗教はよく分からん、政治はよく分からん、と人任せにする日本人の人の良さが無関心の暴力にばけているとしか言いようがない。
知らない方には罪はない。知らせない方に罪がある。のように言ってしまえば、ルーツや含まれている添加物など気にしないで食べて、死んだらそれが寿命だと言ってはばからない人たちに同調することにもなる。孫のため、子のため、家族のため、地域のために当然、その成分や効能、不純物などを学ぶ必要があると私は思っている。
そして伝えていく必要もあると思っている。
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