危機に瀕する民主主義 西村卓也
森友学園をめぐる決裁文書改ざん、自衛隊イラク派遣部隊の日報隠蔽(いんぺい)、加計(かけ)学園の獣医学部新設計画をめぐる「ない」はずの文書の存在―。
公文書は健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源。その公文書にまつわる疑惑が安倍晋三首相の周囲で噴出している。民主主義が危機に瀕(ひん)しているといえよう。
その危機感は国民に共有されているだろうか。
先日、国会議事堂周辺を歩いていたら若い男性の会話が聞こえた。「森友で何億円が問題とか言うけどさ、それを議論する国会にも一日何億円もかかってるんだよな。そっちの方が無駄じゃないか」
政治家や官僚が怪しい動きをしているのは確かだ。しかし、それでわれわれの日常生活が目に見えて変化するわけではない。民主主義なんてあってもなくても同じではないか。そんな声が聞こえてきそうである。そうすると、そもそも民主主義とは何なのか、分からなくなってくる。
こんなときは図書館へ行って知恵を借りるに限る。国立国会図書館で「民主主義とは何か」という検索語を入力すると、この言葉がまだ新鮮味を持って語られた頃の古い文献が端末画面に並んだ。
防衛大教授の宇都宮静男氏が1955年に著した「憲法のはなし」の中に「民主主義とは何か」と題する一節がある。国民が政治に参加して、その思いを政治に通わせることで自由を実現することができる。「民主主義とはそのような政治的自由を認めることだ」とし、「したがって言論の自由や個人の人格や価値を尊重する立場に立つこと」だと説明している。
財務省は森友学園に関する文書を改ざんして国会に提出した。元の文書があれば「財務省は森友側と価格交渉していたではないか」「安倍首相の昭恵夫人の名前もあるぞ」と早くから追及することもできた。改ざんは言論の自由を邪魔する行為と言える。
イラク日報も同様だ。国会の要求に対し政府が「不存在」などと回答した。戦闘状態にあった現地での出来事が記されており、派遣が正しかったか否かの判断材料になる。隠蔽を放置すれば「戦争はしないと信じて自衛隊に入ったのに、危険な地域に行かされて戦闘に巻き込まれ、死にそうな目に遭った」などという例が続発するかもしれない。
加計学園に関する文書は愛媛県から出てきたものだが、獣医学部新設が「首相案件」として進められたことが示唆されている。公平であるはずの許認可に首相との個人的関係が影響するなら、首相と縁のない業者や個人の権利は損なわれる。それは幸福追求の自由の侵害と言える。
注意すべきは、これらが昨年の衆院選前に起きていた問題だということである。もし選挙前に発覚していたら、自民党、安倍政権の圧勝はあっただろうかという思いを禁じ得ない。
米国の独立宣言起草に関わった元大統領トーマス・ジェファーソンは「正しく機能する民主主義は知識ある選挙民に依拠する」という言葉を残している。その通りだろう。
遠く離れた所で起きていること、と片付けることはできない。一つ例外をつくると、「平等」の名の下に全体に当てはめようとするのが行政機関の常だ。どこかで起きた政治的自由の制限がいつ自分の身に起きるか分からない。
【感想】
今、政府でさまざまな公文書の改ざん、隠ぺい、破棄が問題になっており、公文書が改ざんされたとは知らない、あるいは、ないものであることを前提として、自衛隊のPKO活動の審議や豊中国有地の森友学園への8億円の値引きの事情、あるいは国家戦略特区への認可前での今治市、加計学園への首相官邸の優遇の有無が昨年から議論されてきた。今度の財務次官のTV記者へのセクハラ事件も、ないとしらを切っている。
これらはいずれも民間の事件ではない。国民が選挙で信託した国会議員が長になって構成する内閣の組織でおこっていることだ。民間の会社や個人の問題は、人権侵害などの場合は万人共通の問題になるが、あくまでも私的な問題だ。
しかし今起こっているのは、国が全国民の権利を侵害している事件なのだ。北海道新聞西村記者はそこを押さえている。何の権利か。公文書をもとに審議する国会で、それが改ざんされ、あるいは隠ぺいされる。本当は審議の根拠となる文書が出ない。それでは審議にならないのだ。昨年1年かけて真相究明にあたった日報、森友、加計問題は、文書が隠ぺいされたため、あるいは改ざんされたため、それをないものとしてすすめらた審議は無効になってしまう。政治的に重要な問題を国会で審議するという権利、いいかえれば、議員や議員が代表する全国民の政治的自由の権利を侵害したのだ。この国は1年間、民主主義の「ふり」をした秘密政治だったのだ。しかもまだそれは改められる気配がない。分かりにくいかもしれないが、これらの公文書改ざん、隠ぺい、破棄などの事件は私たち国民に共通の政治的自由の権利や幸福追求の権利を侵害したのだ。官僚や政治家にはそれが最も重い不当行為であると受け止めるべきである。国民なんて関係ない、知り合いさえひいきすればよいと権力者が本気で思っているとすれば、逮捕すべきだ。