『炎の山河』第五章 地獄の満州 第22回 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第22回



 家には、枯木のような老婆と初老の男がいた。老婆は、コウリャンのかゆを親子に食べさせてくれた。親子は、久し振りに屋根の下で暖かいものを食べ、感激して涙を流した。温かい食物も嬉しかったが、それよりも、忘れていた温かい人の心に接したことが嬉しかった。老婆は、子供の傷だらけの足を布で拭きながら

「かわいそうに」

とつぶやいた。しばらく親子が休んでいると、老婆と男がやって来て、女に話かけた。

「是非、息子の嫁になって欲しい。子供も育ててやる」

突然のことで、呆気にとられていると、

「日本に帰れるようになったらいつでも帰ってよいから、息子の嫁になっておくれ」

老婆は枯れた木の肌のようなしわだらけの顔に似ない熱い口調で言った。

「日本人、可哀そう。俺、大事にするから、嫁になってくれ」

男は、老婆以上に真剣な表情で言った。

 女は、これから又、子供をつれて廣野を越えて幾日も歩き続ける自信はなかった。女は半分あきらめの気持ちもあって、2人から強く求められるままに、この家で暮らすことになった。男は55才、女は29才だったという。避難民の中で中国人の妻となった例は多いが、そのことはまた、松井かずが中国人と結婚するときに触れることにし、再び、話を松井かずの逃避行に戻す。

④松井かず、ハルビンから撫順へ逃れる。

 松井かずたち一行は、ハルビンで2、3日を過ごした。この間、幹部たちは、これから列車に乗ってどこへ行くべきか、いろいろな所と連絡をとり、あるいは交渉したが、どこも難民でいっぱいで行けると所がない。あっちこっちと捜しているうちに、撫順行きが決まった。


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