心屋塾認定講師・

心屋流カウンセラーの

はしぐちのりこです。

 

私のブログやメルマガを読んでくださっている方は、ご存知かと思うのですが

 

 

私には、よくブログやメルマガが

 

「書けなくなる時期」

 

というのがやってきます。

 

 

(笑)

 

 

 

しかも定期的に。

 

 

 

これには自分でも気づいていまして

 

・気づいたことを書きたいと思えない

 

・自分がわかっていれば、書かなくてもいいじゃないかと思ってしまう

 

・言語化できる気がしない

 

こういう気持ちが大きくなると

そうなってしまうのですが

 

 

んが。

 

 

 

 

さらに一歩

 

その奥に何があるのかというのを

恥ずかしいのですが

ちょっと書いてみようと思います。

 

 

 

 

私の中で

だいぶ小さくなってきたものの

まだ残っているなぁと思う

観念がいくつかあります。

 

 

そのひとつが「正しさ」。

 

 

私は心屋流カウンセラーを名乗っていますから

そして心屋塾の認定講師ですから

 

迷った時に

 

「心屋の正解」

 

を求める癖があるんですよね。

 

 

それを考えること自体は

アリだと思うのです。

 

自分の気持ちを無視して

鵜呑みにしてしまうなら問題だけど

 

自分が迷ったときの

指針にすればいいだけなので

 

そして自分が感じていることとの

比較に使えばいいだけなので

 

使い方次第。

 

 

 

 

なのですが

 

心屋の正解を求めたくなった時に

私の中に出てくるのは

 

 

「心屋の言っていることと違っていたらどうしよう。」

 

「師匠ぢんさんに嫌われたらどうしよう。」

 

「先輩や仲間に嫌われたらどうしよう。」

 

 

こんな気持ち(笑)

 

 

・・・うん。

あるんですよ、恥ずかしながら(笑)

 

 

ここはまだゼロ0にはならないわけで

私も迷うと

如実に出てきます(笑)

 

嫌われないって頭でわかっていても

やっぱり怖さは出てくるんですよね。

 

 

 

このブログを読んでくれている中にも

 

周りのひとや

 

カウンセラーや

 

先生格のひとに対して

 

同じような感覚をもってしまうという方は

 

いると思います。

 

 

 

 

 

 

でね

 

実際はどうかと言うと

 

師匠ぢんさんがブログに書いていることと

同じことを自分が書いていたり

 

まだ書いてはいないけど

気づいていたことを

先輩や仲間がブログに書いていて

 

「あー!私もそれ気づいてたのにー!」

 

って

ひとり後出しジャンケン状態に

なっていることも多々あるわけです。

(いや、先輩や仲間はもっともっと先に気づいていたと思うけどね

(そしてもちろん、すべてではないですよ

 

 

ということは

 

師匠ぢんさんや仲間と私は

 

たいして変わらないし

 

同じ人間ということなのよね。

 

 

 

これは

周りをディスっているわけではなくて

 

 

周りのみんなは

 

もちろんすごいなぁと思うけれど

 

私も

 

同じようなことに気づく時だってあるし

 

理解できる時だってあるし

 

その時期は違うかもしれないけど

 

そしてその大きさは違うかもしれないけど

(これまでの積算量とかね

 

 

能力としては

私も同じ性質のものをもっている

 

そう受け取っておいてもいいんじゃないか

 

と思うのです。

 

 

 

周りのひとは

 

自分より上ではなくて

 

個性の違う)

横並びであるということ

 

 

(このあたりはこーちゃんこと

 本田晃一さんのこちらの本に書かれている

 「縦向きの『ものさし』を横向きに置いてみよう」

 あたりを読んでみてね。)

 

 

なんですよねー。

 

 

 

 

そうすると

 

私に足りないのはやっぱり

 

 

 先陣きって書く勇気

 先に出す勇気

 

なのだなぁと

思うのです。

 

 

誰かに

 

「それあってるよ」

 

「それでいいんだよ」

 

と言ってもらえたら

やりやすいのだけど(笑)

 

 

 

間違っていたらどうしよう

失敗したらどうしよう

信頼を失ったらどうしよう

攻撃されたらどうしよう

 

そんな怖れが

裏に隠れているわけです。

 


 


 

 

 

この根底には

 

自分の言うことが間違っているんじゃないか

 

=周りが正しい

 

という構図があるわけです。

 

つまり

 

 

自分より周りの方が偉い

 

自分より周りを

「神様扱い」してしまっているんですよね。

 

 

 

あなたも

 

そんな風に思っていませんか?

 

 

そんなひとは

 

自分の状況に置き換えて

 

ここからを

読んでみてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

でもね(前につづく

 

神さまは自分の中にいるって言うじゃないですか。

 

私達自身も神さまなわけですよ。

 

 

ということは

 

この世に私(やあなた)も含めて

八百万の神さまがいるわけです。

 

 

この状況って

 

私という神さまが

自分に自信がなくて

 

他の神さまを

信じているようなものですよね。

 

おかしいよね。

 

 

そんな自分という神さまに

参拝に来た人は

がっかりするよね。

 

だって

目の前の神さまは

自分自身を信じていなくて

よその神さまを信じて(見に行って)るんだもの

 

 

間違ってたらどうしよう

失敗したらどうしよう

信頼を失ったらどうしよう

攻撃されたらどうしよう

 

っておどおどしている神さまに

お参りしたくならないですよね。

 

しかも誰にそうやって責められると思ってんの

 

他の神さまたちか?

参拝客か??

 

ちょっと神さま、どやねん、、ってなりますよね。

 

 

(笑)

 

 

 

 

 

このお正月に

 

初詣に行かれた方は

 

その行った神社を

 

イメージしてほしいのですが

 

 

 

自分(私)= 本殿   なわけです。

 

そして御神体は鏡。

 

 

ということは

 

本殿(自分)は

来たみんなが

みんな自身を映し出して見るために

使えばいいだけの場所であって

 

正しいとか

正しくないとか

 

関係ないんですよね。

 

本殿(自分)は本殿(自分)で

あるための

純度を上げればいいだけ。

 

そこにあればいいだけ

 

なのです。

 

 

 

 

というわけで

 

ちょっとお恥ずかしいのですが

 

私がストップしてしまうときは

 

正解を求めようとしてしまっているときで

 

そんな時ほど自分と離れてしまっている証拠なので

 

要注意の時と捉えています

 

というお話でした。

 

 

 

みなさんも

 

周りが神さまになっていませんか?

 

自分とちゃんとつながっていますか?

 

 

↓お席少なくなってきています

 

パンダコミュニケーションの最終手段 

心屋塾上級ワークショップ】

 日程:2018年 1月27日(土)・28日(日)

 場所:京都・心屋新セミナールーム
  >> 詳細・お申込み
    >> ブログ記事ご感想 

 

 

 

はしのんでした。

 

 

 

 

 
いただいたご質問・ご感想は、ブログで回答・ご紹介する場合があります(掲載不可の方は、その旨ご記載ください)
 
■メルマガ
はしらずのんびり 「生きる」を楽しむ心のヒント
 ついがんばりすぎていっぱいいっぱいになってしまうあなたへ。
 
ココロのヒントをゆるっと配信でお届けします
   >> 登録:PCから / スマホから
 
  
■ラジオやってます  >> 聴き方はこちらYoutubeにて音源公開中
 
■FMGIG アカデミー賞:新人賞ノミネート頂きました 
 

リブログ(1)

  • シビレました

    この記事を読んでシビレまくってしまいましたいかマスのアシスタントをさせて頂く中でふとよぎる私、間違ったこと言ったりやったりしてないだろうか?という不安実はそれがとても怖い時期がありました今は私は裏方を徹底してやる時期なんだと思いとにかくカメラ係に集中することにしていたのですがある日はしのんがもっと受…

    心屋いかりん流世界の恋人神﨑のり子

    2018-01-18 15:30:05

リブログ一覧を見る

コメント(4)