去る4月23日の春の園遊会での、こんな素敵な記事を見つけました。





雅子さま御自ら写真をお持ちになっての猫談義!!



更にその時のことを、横尾忠則さんに直接お聞きした記事がYahooニュースに上がりました。





私は横尾さんのアートが特に好きなわけではないのですが、かつて週刊朝日で連載されていた横尾さんと瀬戸内寂聴さんとの往復書簡は大好きで、WEBで見かけたら毎度ワックワクして読んでいました。ご高齢ならではの視点、感じ方、受け止め方が痛快で、お二人それぞれユニークで面白かったのです。



寂聴さんの死と共に連載も幕を閉じてしまい、私の楽しみもひとつ失われてしまいました。



そんな中、雅子さまも読まれたという、猫好きでもありペットロスから未だ抜けられない私が『タマ、帰っておいで』を手に取らない理由が見つかりません。さっそく図書館から借りてきました。


 

ふつうの家猫の、ふつうの風景。

ざっくりした筆運びの中に溶け合う様々な色…。

そこに流れる空気はとても穏やかで、ただ何て事のないひとコマひとコマから、大好きだったタマへの想いが伝わってきます。



ところどころ日記風に日付と短文が載せられています。多くを語らないその文から、タマがどんな猫ちゃんだったのか、横尾さんがどんなふうにタマを見ていたか、ちょっぴり垣間見ることができます。



ふん、ふん、と読み進めて行く中、ラスト2枚でいきなり私の目からとめどなくあったかい涙が溢れて止まらなくなりました。ちょっと、自分でもビックリ。そこにある亡骸が、まったくユノと重なってしまったのです。



そこから続く「タダノリ君へ」というタマからの長い長いお手紙で、しばし不思議な浮遊感に浸ってしまいました。横尾さんが書いたというより、まるでタマちゃんから直接降りてきた言葉のようです。



この手紙こそ、この画集の総括、クライマックスなのでしょう。横尾さんは元々霊的世界に関心が深いですが、この「タダノリ君へ」は自動書記の類のように感じてきます。横尾さんとは別人(猫)格ですから。



生きてる猫は人間と、人間の言葉は交わせませんが、確かにテレパシー的な能力が高いことは、共に暮らしたことがある人なら皆ご存知のことと思います。次元を移して話しかけてくるタマの言葉は、「へぇ〜、なるほどね」と思うことが多々あったりして…。



きっと動物好きの雅子さまも愛子さまも、大いに共感されたことでしょう。



タマは最後に「タダノリ君、どうぞ猫のように生きてください」という言葉を送ります。それができたら楽よね、、、と頭ではわかってるんですけどね…。

と!ここでも頭で考える癖のなんて強いことよ!



私の猫修行は続くのであります(笑黒猫





これ、書籍になってた!読みたい!