枝垂桜 | これでも元私立高校教員
新型コロナウイルスに関する情報について

これでも元私立高校教員

30年以上の教員指導を通じて、未来を担う子供たち、また大人の思考などをテーマに書き綴っています。
日本史と小論文の塾を主宰し、小学生から大学生、院生、保護者の指導をしています。

曹洞宗の開祖「道元」は言う。

 

釈迦に倣い、ただひたすら坐禅にうちこむことが最高の修行である

 

これを曹洞宗では「只管打坐」と教える。

 

私は、6年間、曹洞宗の学校である愛知高校に非常勤講師としてお世話になった。

私は幼児洗礼を受けたカトリック教徒ではあるが、この曹洞宗の教えである只管打坐に惹かれている。

 

学校で教育に携わることは、禅でいう只管打坐であろう。

ひたすら生徒を想い、その成長を願い、邪心なく教育活動にうちこむ、それこそ最高の修行であろう。

 

そういう意味で、この6年間は私にとって、及ばずながら修行をさせていただいた日々であった。

 

私の小中学校の幼馴染に、僧侶がいる。

愛知高校に勤めてから知ったことだが、彼の寺院は曹洞宗であった。

その境内に、私が子供のころから、一本の見事な枝垂桜がある。

 

日付の上では修業式が終わり、愛知高校での勤務も終わった。

そんな時期、あの枝垂桜は満開を迎えていた

この枝垂桜の満開に時期に、私の教員生活はおわる。

教員としてはなんの役にも立たなかったが、良き生徒に恵まれ、また心優しき親切で素敵な先生方に出会え、教員の最後を終えることができた。

 

かつての自己の傲慢さや、哀れなほどの劣等感や自虐とは、ようやくお別れすることができ、なんといえず自分らしく生きることが出来るようになった。

私なりの6年間の「只管打坐」であった。

 

良き行いとは、カトリックも曹洞宗も同じであり、謙虚に修行に励むことである。

私などはむろん、いまだ未熟ではあるが、これからも只管打坐の教えを忘れることなく、自分らしく自分なりの教育と向き合っていきたいと思う。