私の贅沢 | これでも元私立高校教員

これでも元私立高校教員

30年以上の教員指導を通じて、未来を担う子供たち、また大人の思考などをテーマに書き綴っています。
日本史と小論文の塾を主宰し、小学生から大学生、院生、保護者の指導をしています。

教育というのは、まことに難しい。

近年は、教育界も結果主義だが、戦前最後の総理大臣である鈴木貫太郎海軍大将は、海軍兵学校の校長である井上成美にこういった。

 

教育の成果がでるのは30年後である。

 

私は、最後に教育を受けてから32年が経った。

鈴木貫太郎に言わせれば、教育の成果が出る時期である。

 

そもそも教育とは、学校の独占物ではない。

家庭や職場、塾や街中でも、ある種の教育は行われる。

 

私は、学校教員としては失敗者であることは、かつての同僚や生徒は、みな知っている。

教育に携わるには、そもそも親切で謙虚であらねばならず、自己の専門分野の研鑽を怠らず、人を尊重し謗るようなことがあってはならない。

私は、そうではなかった。

 

それでも、なお教育は素晴らしい。

真摯に教育に関わる人は、みな「いい人」であり、心から尊敬できる。

そうした心優しき方々と、仕事ができることは、どれだけ感謝しても足りない。

 

最近思う。

学校外に、このような大きな教育の世界があり、そこには知る合うことのあるはずがなかった人々がいる。

今日も保護者であり小学校の先生と出会い、スイスに留学している中学生と語らい。さらにはフィジーからLINEがきて小論文指導をした。

少なくとも、学校教員時代よりも何倍も世界が広がり、狭い小さな世界の出来事に一喜一憂していたころが不思議に感じるようになった。

 

そこに「いい人」たちがいる。

その世界にいると、争うこともなければ、戦うこともない。

心穏やかに過ごせる。

これが、一番うれしい。

 

来週も、きっと新しい不思議でワクワクする出会いがあう。

教育とはいつも難しいテーマだが、私の関わる教育は、なんともなんとも贅沢なのである。