あの夏を取り戻しに | これでも私立高校教員

これでも私立高校教員

30年以上の教員指導を通じて、未来を担う子供たち、また大人の思考などをテーマに書き綴っています。
日本史と小論文の塾を主宰し、小学生から大学生、院生、保護者の指導をしています。

こんな僕でもわずかながら友人がいる。

大学を卒業するとき、卒業式というもので初めて泣いた。こみあげてくるものを抑えきれず、号泣した。

そんな大学生活を共に過ごした3人の友人がいる。心の狭い僕と忌憚なく付き合ってくた大切な友人だ。

 

卒業してから、3人の友人と、毎年のように伊勢志摩の夏を過ごすのが恒例となった。

4人で麻雀をして、時にカラオケに興じ、バーベキューもしたし、海水浴もした。

夏の当たり前の日々であり、そこには大学がずっと続いていて、無邪気な笑顔と無限の時があった。

 

僕は心が狭い人間で、ある時、そんな素敵な日々に自分から背を向けた。

理由は重要ではない。

事実はひとつで、僕の心が狭かった、それだけのことである。

 

10年の時が流れた。

彼らとの日々は、いつも僕の心にあり、同時にそれは失った日々でもあり、その後悔は取り返しがつかない。

 

メールが来た。

 

「久しぶりに4人で伊勢志摩で会わないか?」

 

心の狭さとは、大切なものを失させる。

しかし、そんな狭い心の僕のことを、忘れずにいてくれる友人がいた。

生きていてよかった。

 

この夏は失った日々を取り戻せる。あの時の夏の空はどこまでも高く青かった。

きっとそれは大学のあの日の空だ。

 

今日は、そんな自分の心の狭さに落ち込み、改めて、友人がいてくれたことへ感謝し、感謝の気持ちとはこんなにも心地よく、こんなにも暖かくなれることを知った。

 

夏は、受験生と向き合う時期だ。

でも、そのなかで2日間だけ、僕は休む。

心の狭い僕でも、またあの空を見上げることができる。

 

ありがとう。