ニュージーランドの卑劣なテロ | これでも私立高校教員

これでも私立高校教員

30年以上の教員指導を通じて、未来を担う子供たち、また大人の思考などをテーマに書き綴っています。
日本史と小論文の塾を主宰し、小学生から大学生、院生、保護者の指導をしています。


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ニュージーランドで信じがたい事件があり、49名もの命が失われた。

文化本質主義、宗教本質主義、国籍本質主義・・・。

つまりは、ひとをある固定概念の枠でくくり、

 

「あの人はフランス文化の人だから」

「あの人はイスラム教だから」

「あの人は韓国人だから」

 

といった、パターンで人を判断し、その人の人柄や個性を顧みない非常に偏狭な考えが、いまなお世界中にある。

 

今回の事件は、その背景におそらく反イスラム、反移民があるのだろうが、それもまた同様のステレオタイプであろう。

 

小論文指導をしていると、「多様性の尊重」や「異文化への寛容性」といった内容での出題が非常に多く、当然ながらそれは肯定的である。

 

また、日本は歴史的も宗教に対し非常なオープンマインドの国家であり、古代においては異文化とは常に素晴らしいものであり、それは近代でも同様だ。

 

だからというわけではないが、いまの日本の若い人たちの大多数は、上記のような偏狭な考えを強く否定し、多様性こそが真理であることを理解し、画一的なものの考え方に嫌悪感を覚える。

しかし、一部の大人はそうではなく、さらにいえば、むしろ偏狭な思想に若者を導こうとする者さえいる。

 

私は若い人たちと小論文指導を通じて「対話」をする。

いや、言い換えれば「対話」なき小論文指導は存在しないはずであり、「対話」の先に「思考」があり、それはやがて「真理」へと向かう。

この「対話」のなかで理性」を育み、その「理性」はやがて世の不条理であり「差別」「格差」「暴力」「戦争」といったものを凌駕すると、私は信じている。

 

ひとりひとりの気持ちは小さいものであっても、それは大勢になればきっとパワーとなる。

人々は互いに「対話」し、誤解を解き、心を触れ合う。

国家同士では無理でも、個人同士ならそれは可能であり、さらに今の時代はそれを支えるSNSもある。

 

人類がずっと惨禍を被ってきたこうした不条理を、もうそろそろおわりにできないのだろうか。

 

亡くなれらた方に心か哀悼に意を表す・・・

 

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