安易な模倣は、独創への道を閉ざす | これでも私立高校教員

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30年以上の教員指導を通じて、未来を担う子供たち、また大人の思考などをテーマに書き綴っています。
日本史と小論文の塾を主宰し、小学生から大学生、院生、保護者の指導をしています。


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「創造力や発想力は大切である」

 

学校でもどこでもよく聞く言葉である。

当然ながら、「模倣」や「踏襲」は、それと相反する。

 

私は、若いころ、とても多くの日本史の参考書を読み漁った。

例えば、授業用のプリントを作成するとき、7冊もの参考書の同じ時代のページを机一杯に開き、それを見ながらプリントを作成することで、いいところの最大公約数のプリントを作ろうと思った。

むろん、1冊の参考書を見ながらプリントを作るより、何倍も時間がかかった。

 

しかし、15年~20年ほど前に、その手法をやめた。

作られたプリントは、しょせんは「模倣」だからであり、漠然とつまらないことに気が付いた。

私は、その日から日本史の参考書は、目を通したことは一度もない。

 

受験指導をするためのプリントは、どうしたら独創的なのものになるか?

そこで思いついた方法が、受験だけに、第1級資料とは、入試問題しかな。

したがって、センター試験をはじめとする膨大な過去問を一問一問チェックし、問題がどのように作成されるかの情報を、ひたすら収集し、それによってオリジナルの参考書を作る、その作業を始めたのである。

 

最初の1年目に集めた情報は文字数にして2万5千字であり、ほぼ丸1年、毎日3時間はその作業に時間を費やした。

日々、とても苦しく、怠けの誘惑はまさに強敵、それでも1年間、一日も休まなかった。

 

その収集した情報からプリントを作成したが、いうまでもなく極めて不十分な内容だった。

 

ところが、奇跡は1年目から起きた。

その不完全な情報収の結果から作成したプリントを使って指導したことろ、勤務校の日本史の模試の偏差値平均が、前年度よりも5ポイントも高くなったのである。

数多くの参考書を「模倣」した数年間、まったく上昇しなかった偏差値平均が一気に上昇したのである。

 

これだと思った。

そして、その時から、今日まで、ずっとその作成は続いている。

 

今年もその作業は続き、かつて2万5千字だったものは、今年は50万字超えている。

そうして『テーマ別日本史解説集』は成り立っている。

 

私は合理性が好きだし、無駄な遠回りは嫌いだ。

このように作成したプリントを、安易に拝借して、指導に使用しようとする人もいれば、気軽に「データをください」なんて言われたこともある。

確かに近道だが、冗談ではない。

 

日本は明治時代以降、いわば「模倣」によって発展し、欧米に追い付き追い越してきた。

その成功体験は、日本人に手っとり早い「模倣文化」を骨の髄までしみ込ませたかもしれない。

 

 

しかし、一部の天才を除き、オリジナルなものを生みだすのは、膨大な時間と労力が必要であり、それは「模倣」からは決して生まれない。

 

いま、NHKの朝ドラで、チキンラーメン生みの親である安藤百福の話を放映している。

まったくの独創的な商品であるチキンラーメンは、単なる天才のひらめきだけでは誕生しない。

数多くの大小の成功と失敗を繰り返し、その先に「発想」があり、さらにはとてつもない時間と労力を費やした結果、チキンラーメンが生まれるのである。

 

「独創」とは、簡単なことではないのである。

言い換えれば、それほどまでに「模倣」とは安易で楽な道であり、逃げ込むための誘惑だらけの道でもある。

 

人のものを参考にしたり、教えてもらうことは悪いことではない。

しかし、それだけではオリジナルの道には進めない。

 

その退路を断ったものだけが、オリジナルレースの参加資格を得るのであって、しかもそのレースに勝利することは、これまたとてつもなく困難である。

 

しかし、その道に足を踏み入れたものだけが、本当の「創造」の世界を知ることになる。

 

その道を選択しないものは、同時に「創造」を生徒に対し説くことはできず、「模倣者」の人生を送ることになる。

 

その選択をするのは、何歳でも、いつでもできる。

どの分野にせよ、その選択の決定権は、誰でも自分が持っていることを、生徒も教員も忘れてはならない。

 

 

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