多様性こそ力だ ~志望理由書の書き方は「まずは思考せよ」~ | これでも元私立高校教員

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30年以上の教員指導を通じて、未来を担う子供たち、また大人の思考などをテーマに書き綴っています。
日本史と小論文の塾を主宰し、小学生から大学生、院生、保護者の指導をしています。

今日も、推薦入試のために志望理由書を生徒と一緒に作成したが、今日は、志望理由書にこんなテーマ名をつけた。

 

「多様性こそ力だ」

 

ちなみにほとんど場合、志望理由書には「題」をつける。

 

先日、ある公立高校の生徒さんから、

 

学校で、志望理由書作成のためのビデオを見て、それに沿って、その場で志望理由書を作成した

 

と聞いた。

 

これは、なんの作業だろうか????

 

志望理由書とは、まさに「思考」の塊のはずである。

自己の志望すら「思考」しない人間を、大学がどうして欲しがるのだろうか。

 

ビデオの内容に沿って書かれた志望理由書とは、その生徒のオリジナルでもなく、ましてやその生徒の本当に志望理由でもない。

 

例えば、大学では、あるこういった学問をしたいとする。

当然、そこに「思考」があれば、こんなドレープが形成される。

 

「なぜ、その学問をしたいと思ったのか?」

     ↓

「その理由はこうです」

     ↓

「その理由にはどうしていたったのか?」

     ↓

「それはこんなきっかです」

     ↓

「そのきっかけは、自分にどのような示唆をあたえたのか?」

    ↓

「それは、こんなことを考えることができました」

   ↓

「その考えを大学ではどのように発展させたいのか?」

   ↓

「大学では、その考えに、このように取り組みたいです」

   ↓

「そのために大学ではどのような活動が必要か?」

 

このように、志望を「思考」的に徹底的に掘り下げていく作業、つまりは「対話」が必要であり、ビデオの「型」で書くとは、なんとも痛い話である。

 

今日は、異文化コミュニケーション学部を志望する生徒と、「多様性の強さ」について、90分ほど「対話」し、それを志望理由書に落とし込む指導をした。

 

その結果、志望理由書に上記に「題」がついた。

 

むろん、その完成は、最低でもあと10日ほどの時間を要するが、その前にさらなる「対話」を重ね、その志望についてさらなる深い「思考」をしてもらうはずだ。

 

このような2つの志望理由書の差は、受験生自体でも簡単にその差を理解することができる。

つまりは、比較にならない。

 

「思考」せずに、ただただ「型」で志望理由書を書くのは、本人の意思である。

しかし、その意思は、入試では「思考なし」と判断されてしまう。

 

志望理由書の書き方があるとしてば、まずは「思考せよ」、これを肝に銘じてもらいたい。