沖縄県知事「翁長雄志氏」を悼む | これでも私立高校教員

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戦前、斎藤隆夫という政治家がいた。

軍部の力が強くなり、二・二六事件のようなテロが頻発し、軍部を批判することは、命を狙われることを意味した時代の政治家だ。

 

1940年2月2日、彼は衆議院本会議において、軍を厳しく糾弾した。

いわゆる反軍演説である。

 

その勇気に、会議に出席していた陸軍人ですら感心していたが、すでに時局に阿く議会人たちから非難を受け、あきれることに、議員たちの投票によって彼は衆議院議員を除名されたのである。

 

除名動議に反対した議員はわずか7名・・・。

信念をなくした政党には、軍部のご機嫌取りに徹したのである。

 

しかし、国民は知っていた。誰が正義であるかを!

太平洋戦争中の「翼賛選挙」で、彼は非推薦候補であったにも関わらず、見事にトップ当選を果たすのである。

 

先日、沖縄県知事の翁長雄志氏が亡くなられた。

確かに、翁長氏は、かつては米軍基地の辺野古移転の推進派であった。

なにが氏の考えを変えたかは知らない。

 

しかし、氏は亡くなるまで、断固として基地移転に反対し、国家の大与党に対峙し、しかも当選を続けた。

 

会社でも学校でも、その時々の状況で、あたかも蝙蝠のごとく自分の立ち位置を変え、権力にすり寄り、ご機嫌取りに徹する人がいる。

これは変質である。

 

かつて福沢諭吉は「やせ我慢」の尊さを説いたが、翁長氏は過去の誤りを悔い、自己の政治信条を最後まで貫いた政治家である。

 

過去の自分の考えの誤りに気が付き、考えを変えることを非難する人がいるが、人とはみなそのように立派なのだろうか。

 

思考の先は常に正義ではない。

しかし、それが悪だあると気が付いたときに、そこから自己の思考を善に転換することは、とてつもない勇気が求められる。

 

過去の歴史は、「非国民」「売国奴」といった酒精分の高い非難が、多くの人の理性的な判断を狂わすことを教えてくれる。

 

斎藤隆夫は、当時の国家主義者たちからは同様の非難を浴びた。

 

私は、翁長氏の判断の是非を言いたいのではない。

自己の信念に基づいた政治活動、そこに価値を見出したいのである。

 

なお、斎藤隆夫の除名に賛成した政治家の中に、戦後の総理大臣三木武夫氏、戦後の社会党の委員長浅沼稲次郎氏、安倍晋三氏の祖父の阿部晋氏などが含まれていることを付け加えておく。

 

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