統合失調症との共同生活 -35ページ目

彼は精神科の隔離室に入れられていた。食事を拒み、排せつも決まった場所にできないため腕には点滴の針が刺され、股間からは尿道カテーテルの管が垂れていた。

職員の問いかけにも応じず、ただ無心に天井を眺めているように見えた。そんな中、彼はひたすら思考を続けているのだった。

 

(どうして私はこんな地獄に落ちたのだろう。)隔離室の中にはベッドと備え付けの便器しかなく、寝る以外に何もやることがないがずっと眠り続けることもできず、目が覚めている間も横たわっているしかなかった。

 

何もすることのできない一日は無限のように長く、電気が消え、眠りにつくことができるまでの時間が、彼の精神を蝕んでいった。

(時間の流れがおかしい。いやに遅すぎる。私はブラックホールにでも吸い込まれたのだろうか?だとしたらいつ、どこで吸い込まれたのだ?そもそもブラックホールというものを見たことがない。ブラックホールの正体は何なのだろう。)と彼は無意味に等しいことばかりを考え続けていた。

 

(そうかあの女か)と彼は過去にSEXした女性が実はブラックホールであり、挿入した際に精神を吸い込まれたのだと思った。だとしたら、このブラックホールの中からどう抜け出せばいいのかを考えながら眠りについた。

 

すると夢を見た。女が立っているのを見つけると、彼は迷うことなく女を犯し、そこで目が覚めた。

(またやっちまった。)女に吸い込まれている限りこの無限の牢獄から逃れることはできず、女の呪縛から解放されればこの地獄が終わると考えていた。

 

目が覚めている間、想像を絶する程に長い時間をもう二度と女にだけは手を出すまいと誓い続けた。

そして夢を見た。黒髪の女が「次は私?」と笑いながら言った。

彼は「これが最後だから」と言いながら女を犯した。そして目が覚め、「またやっちまった」と呟いた。

 

それから毎晩夢に女が現れ、彼はどうしても理性が効かなくなってしまうのだった。

現実の自分と夢の中の自分の二面性に彼は精神が分離してしまっているのではないかと考えた。

だとしたら、自分の力ではどうしようもないと彼はうなだれた。

 

そこで彼は眠ることをやめた。眠って夢を見ることが唯一の現実逃避だったがやむを得なかった。

彼はあくまで地獄から抜け出る方法を模索していたのだ。眠りさえしなければ、夢さえ見なければ女を犯すこともなくこの無限地獄が終わると考えていた。

 

しかし、横たわっているだけの毎日で睡魔に勝てるはずもなかった。彼は眠りにつき、夢を見た。そこは真っ暗闇で光一つなく、自分の体の感覚だけがある世界だった。

すると声が聞こえてきた。「アダムよ。イヴを思い出すな。」そう言われると、現実に戻った。

彼は神が助言にきてくれたのだと思った。以来、女について自体を考えることをやめた。

すると、不思議な夢を見るようになった。

 

黒人と白人が入り乱れてパーティをしている中で、黒人の男性から「Hey Jap. お前も来れたのか」と歓迎された。

そこは人種差別もなく、皆が皆を尊重しあった天国のような世界だった。

そこでパーティに加わり、まさしく夢のような時間を過ごした。そしてイギリス人風の女性から「またおいで。」と言われると目が覚めた。

 

(なんだただの夢じゃねえか)彼は現実に戻ったことに絶望した。

だが女性が出てきても犯さなかった自分に開放の時は近いのではないかと思った。

 

そうしてまた耐え難いほどに長い時間が過ぎ去るのを待ち、電気が消えた。彼は期待と不安で眠ることができなかった。

夜明け頃になると自然と意識が遠のいた。

 

そこは戦後の日本を思わせる風景で、皆あくせくと働いていた。こちらを見て立っている女の子に「今って西暦何年?」と訊ねると元気な声で「1990年だよ!」と返ってきた。

自分が生まれた年と同じだった。私は生まれ変わることができたのだと嬉しくなり、働いている皆に向けて「僕もここで働かせてください!」と頭を下げた。

すると皆驚いた顔をして手を止め、おじさんから「おめえはここにいちゃなんねえ」と言われると目が覚めた。

 

(またただの夢かよ。)彼は絶望した。それから毎晩、意味のありそうな夢を見て、女も犯さなかったが置かれた状況は一変もしなかった。

彼は夢を見た瞬間から、これは夢だと自覚できるようになった。次第に、夢の中の世界こそが自分の居場所であり、現実こそが悪夢に過ぎないと感じるようになった。

 

だが、必ず訪れる悪夢に地獄を感じられずにはいられなかった。救いのない現実から、彼は神の存在を否定するようになった。

(神がいるならば、そろそろ私を解放してもおかしくない)と考え、やはり神はいないのだと確信した。

 

それから、毎晩のように見ていた夢を見ることがなくなり、気づいた時にはもう朝だった。

彼は神を否定したから夢を見なくなったのか、やはり現実に神はいるのか、いるならばなぜ私は・・・。と答えのない問答を繰り返した。

 

なかば諦めた様子で通りかかった職員に「肉が食べたいです。」と声をかけた。

職員は嬉しそうな顔をして「時間まで待ってね。」と答えた。

(私はまた罪を犯すのか)と彼は思った。彼にとって命を食らうということは罪であり、弱肉強食の世界に嫌気がさして今のような状況になったことを思い出した。

 

(ここで食べたらまた繰り返しだ。)と思い彼は運ばれてきた食事に手を付けず、寝たふりを続けた。

職員は好きなタイミングで食べていいと食事を置いて行ったが、彼の体感時間で10時間程過ぎ去った後、「やっぱり食べないのね。」と職員が食事を取り下げに来た。

 

(この地獄さえ、この無限にも等しい時間という地獄さえ乗り切れば天国へ行ける・・・。)彼はそう思っていた。

その後、彼は天国とは一体どんな場所なのだろうと考え始めた。(やはりあの時見た夢の世界こそが天国なのだろうか。だとしたら、あんな場所までたどり着けるのだとしたら、今地獄にいるのも仕方がない。)と彼は現実をありのままに見ることにした。

 

現実で彼がやらなければならないことはたった一つだけ、「時間を忘れる」ということだけだった。

そこで彼は「ただ有るだけ」になろうと決めた。一切の思考を止め、朝も夜もなく、ただ横たわっているだけになれば救われるのだと彼は思った。

 

だが事はそう簡単ではなかった。どうしても押し寄せる退屈、窮屈、煩わしい医師の診察、関わってくる人々皆が邪魔をする敵に見えた。

しかし彼は無反応を貫いた。

 

そうして、何の反応もないただ呼吸を繰り返すだけの人間が一体できあがった。

時折浮かべる笑顔の理由を知る者もいなくなった。

 

職場では何もかもが上手くいかなかった。仕事の物覚えが悪く、人とのコミュニケーションもとれず、健常だった頃とのギャップに苦しんだ。

「できない人間」として扱われ、陰口を叩かれながら働く自分に嫌気がさした。

だが仕事を辞めて住処を失うという選択は取れず、できないなりに懸命に働いた。そんな生活を続けていたある日、ベッドから起き上がることすらできなくなり、仕事を無断欠勤した。

鳴り響く電話に出ることもできなくなった。

 

働き続ける自信がなくなり、ただ茫然とあの悪夢のような日常にまた戻るのかと絶望した。

すると部屋へ私が仕事を休んだことに対し腹を立てた上司が怒鳴りつけに来るのではないかと思い部屋に居られなくなった。

 

私は財布を手に取り、上司がやってくる前に逃げなければと思い部屋を後にした。

まずは職場の人間に見つかることのない場所まで電車で移動したのだが、車内でスマホをいじっている人たちが私を監視し、連絡を取り合っているという妄想が出てきた。

 

私は監視をまくために人気の少ない駅で降り、歩き出した。また路上生活に戻ってしまったが、金はあったため雨の日はネットカフェでシャワーを浴びてしのぐことができた。だが収入がないため、それが続くのも時間の問題だった。

 

私はどうにかして収入を得て、生活を維持する方法はないかと模索したが、もはや社会人として生きていく自信もなく、かといって犯罪に手を染める気もなく、あの時の「交通事故で死ぬよ」という言葉が頭をよぎった。

私はやはり神の予言に逆らうことはできないのかと思いながらいつ事故に、どんな事故にまきこまれて死ぬことになるのだろうと考えながら歩いた。

 

そして、どうせ事故で死ぬのならそれを待っているよりも自ら死んだ方が楽なのではないかと思い、高層マンションの最上階まで上がり地上を見下ろした。

ここから飛び降りれば終わる。という思いと、それで本当に死ねるのか、死んでどうなるのか、無になるのか地獄に落ちるのか、という思いで葛藤した。

天国へ行けるなどというビジョンは浮かばなかった。

 

私は、飛ぶことができなかった。ここまで追い詰められてもなお、自分の人生にケジメをつけられない自分をひどく軽蔑していた。

生きることも死ぬこともできず、文字通り行き場がなかった。

 

行く当てもなく歩いていると、公園のベンチに一人、酒を飲みながらタバコを吸っている老人がいた。一目でホームレスと分かる風貌だった。

なかば助けを求める気持ちで私は老人に話しかけた。

 

「良い天気ですね。」と言うと老人は酔っているせいもあってか親しげに「気持ちがいいだろ。」と返してくれた。

それから他愛もない話をしていると、「実は俺ホームレスなんだぜ。」と老人の方から言ってきた。

私は一目見た時から気付いていたが驚いたふりをしつつどうやって生計を立てているのかを聞いた。

 

すると空き缶や鉄くずを集めて金に換えているのだと教えてくれた。

「兄ちゃんは何やってんだ?」と訊ねられ、実は私もホームレスなんですと答えた。

老人は怒った顔をして「若いくせに馬鹿言ってんじゃねえ」と怒られた。

 

私の身の上話をすると、「若いってだけで需要があるんだ。諦めている場合じゃないだろ。」と説得された。

しかしもう私には社会人として生きていく自信も能力もないことを自覚していた。

老人は「じゃあそろそろ行くから。」と立ち上がった。ついて行ってもい良いかと訊ねると「てめえの食い扶持はてめえで探すしかねえんだぜ」と遠ざけられ、老人は去っていった。

 

私はそのホームレスの老人の姿に勇気づけられたが、この世界を生きていくビジョンはどうしても浮かんでこなかった。

そして雨が降り始めた。私はネットカフェに入り、自分のような人間がどう生きていけばいいのかを検索した。

そこで初めて、生活保護という制度を知った。受給条件を満たしていることを確認した私は役所の位置を調べ、翌日訪ねることにした。

私はやっと生きるすべを見つけることができたと思い安堵していた。

 

だが翌日役所の生活保護課を訪ねたがまともに取り合ってもらえなかった。

「最近の若者は楽することばかりを考えて働きもしない。」とあしらわれ、何度説得しても実家に帰れの一点張りだった。

 

今更母の元へ帰るなどできるはずもなかったが、生きるなら他に選択肢はなかった。

私は再び母に会い、どんな言葉を交わせば良いのかも分からないまま実家へと向かった。

 

実家にたどり着き、インターホンを数度鳴らしたが誰も出ることはなく、ドアノブをまわすと鍵が開いていた。

私は留守なのに不用心だなと思いながら家に入った。

そしてリビングを抜け、自室のドアを開けると私の使っていた懸垂器で母が首を吊って死んでいた。

 

もはやロープから降ろす気力もなく、見苦しい死体にショックを受けたがいつかこうなる気もしていた。母が死んだことで一つ、私の人生に区切りがついたかのような気がした。

 

私はまずは警察に連絡しなければと思ったが、財布以外の持ち物を置いてきてしまったため、交番へと歩いた。

交番につき、常駐の警察官に「母が死んでいた。」と伝えた。

警察官は私にいくつか質問をした後、私をパトカーに乗せ、実家へと向かった。

 

その後、淡々と状況確認が進み事件性はない自殺として扱われた。私はこれまでの経緯を話した警察官から「もう一度役所へ行ってみなさい。」と言われ、再び生活保護課を訪ねた。

事情を話すと呆気ないほど簡単に認可がおりた。

 

担当の人間から住まいがない人向けの寮へひとまず入ることを提案されたが断った。

こうしてやっと、私はこの世界を生きる権利を手に入れたのだった。

 

私は罪深い人生を送ってきた。私が人の道を外れた原因は、父と離婚した母からの毎日のように続く虐待だった。

私が中学校に上がるまで虐待は続いた。手足をガムテープで縛り上げられ、口にもガムテープを貼られて浴室に放置されたり、裸足のまま家から追い出され、鍵をかけられたり、シンプルに包丁を持って殺すぞと脅されたこともあった。

 

こういった行為は、暴力を振るう人間よりも強くならないと自分の人生を送ることができないという思考を私に植え付けた。

次にお前など生まなければ良かった。お前のせいで父はいなくなった。お前が・・・。と毎日のように浴びせらる罵声の数々は私がこの世を生きる価値なき人間と認識するに十分なものであった。

 

中学に上がると虐待がなくなったのは母に新しい男ができたからだ。同居を始めると今までのことなどなかったかのように母親面をし始めた。

これがきっかけで私は人の持つ二面性が怖くなり、人間不信となった。

 

当然のように私はグレ、窃盗や恐喝などをして遊ぶ金を稼ぐようになった。不良仲間とたまり場でただダラダラと過ごすのが日課になっていた。

だが、20歳になったらこんな生活とはおさらばしようと思っていた。少年法が適用されなくなり、捕まったらそれだけで人生台無しという意識があったからだ。

 

20歳になると、考えていた通り犯罪からは足を洗い、真っ当な人生へ向けて仕事を始めた。私の仲間の一部は、20歳過ぎても更生できず、結局刑務所送りとなった。私は損得勘定のできない奴らだと情けなくなった。

 

私は社会人として働いていたが、毎日がつまらないのも事実であった。酒にも満足できない程に退屈を感じていた。

そんなある日、仲間の一人が良いものあるよ。と合法ハーブと呼ばれるものを持ってきた。草に脳をおかしくする化学物質を振りかけたドラッグなのだが、合法のため捕まることがないという。

 

私はそれに興味をひかれた。試しにカラオケ屋で吸引してみると、現実感が曖昧になり音が全身の水分を波打たせる程に心地よく聴こえた。

さらに、友人から甘い物食うとやばいよ。と言われたのでフレンチトーストを注文した。

甘い蜜のかけられたトーストを口にすると脳がトロけるような味覚を味わった

 

私は以来この「合法ハーブ」というものにすっかりハマってしまい、最初は友人との席でしか使わなかったが、一人きりのときも使用するようになり、次第に素面でいる時間が苦痛であると感じる程に乱用するようになった。3gもあれば一月はもっていたのに最終的には五日程で使い切ってしまうようになった。

 

当然、仕事もまともにできなくなり、やめることになった。すると感情の怒りのコントロールがきかなくなり、被害妄想も出てきて何度か警察沙汰になった。

その後も、警察に追われていて見つかったら逮捕されるという妄想があったが、異常性の自覚はなかった。やがて仲間との会話も支離滅裂になり、「お前おかしいぞ。」と言われたが、それでも自分が正気ではなくなってきているという自覚はなく、妄想と現実の境目が分からなくなっていった。

 

合法ハーブを買う金がつき、友人に金をせびったが取り合ってももらえない程、私の人格は変わり切っていた。素面でいるのに現実と妄想の区別がつかないようになり、やがて私の妄言に付き合う友人もいなくなった。

 

その頃の私の妄想は、自分の金玉の中にも同じような世界が広がっていて、射精をすると地球で言う大津波が起き、たくさんの命が奪われるというものだった。そして過去に何度も射精している私は大量殺人者であり、許されることのない重罪人というものや、地球は母であり、太陽は父であり、月はその子であるという事実に気づいたら宇宙人に殺されるというものまで様々だった。

 

やがて住む場所を失い、私は路上生活者となった。この頃にはもはや現実感はなく、あるのは水に対する餓えと渇きだけだった。

拠点を作らずただひたすらに歩き、水が欲しくなったら公園やコンビニのトイレで水をがぶがぶと飲み、また歩くという生活を続けていた。

 

ある日、公園にいると「交通事故で死ぬよ。」と声が聞こえてきた。私はこれを神の声だと思いその予言通りになるのかこのまま野垂れ死ぬのが先かと考えながら歩いた。死に対して考え始めると、漠然とした恐怖感がやってきた。

 

自分はこんな形で死ぬのかと思うと失われていた現実感が戻ってきて、また生きたいと考えるようになった。だが生きるとは言ってもどうすれば生きられるのかが分からず、私は公衆電話から110番し、人が倒れていると通報した。

その通報通り道に横になっているとパトカーと救急車がやってきた。

 

降りてきた人が安否確認をとったが私には何を言っているのかさっぱり分からず私は言葉を失ってしまったかのようにただ呻いていた。

すると、「多分こいつやってますよ。」と声が聞こえ、救急車は去っていきパトカーに乗せられ警察署へ連れていかれることになった。

警察署ではいの一番に尿の検査をされ、結果を待たされている間、「交通事故で死ぬ」という神の予言に背いたため、私をこのまま生かすのか殺すのかを相談しているのだと思った。

 

薬物反応がでるはずもなく、私はバスに乗せられた。私を殺すことに決め、これから埋める場所へと向かうのだと思っていた。

私は恐怖のあまり呻き散らしながら殺されたら全員祟ってやると呪いの念を込め続けていた。

 

やがて建物につくと個室まで通された。そこで人との面談が始まったのだが、先ほどと同様に何を言っているのかさっぱり分からなかった。

するとピンク色の紙を渡され、私はそれを受け取ると「お母さんか。」と言いながらむしゃむしゃと食べ、その場に吐いた。

 

そして今度は狭く四角い部屋に便器とベッドがあるだけの部屋に連れていかれ、身動きがとれないようにベッドに拘束された。

腕には点滴の針が刺された。私はこれから解剖され、人体実験されることになったのだと思っていた。

 

それから数日後、やっと私に「気分はどうですか?」と話しかける人の言葉が理解できるようになった。私は「大丈夫です。」と答え、拘束を外してくれないかと問いかけるとまだそれはできないと答えられた。

「絶対良くなるから安心して。」と言われ、自分は人に命を助けられたのだと理解した。

 

点滴の薬が効き始めると、正気に戻ってきて今まで悪夢でも見ていたのかという気分になった。この時、私は病院にいるのだと自覚できた。

それからの治りは早かった。今まであった妄想や現実感の喪失が嘘のようになくなり、健常だった頃の自分が戻ってきた。

入院生活は三か月程続いたが、ひどくつまらないものだった。一日中何もやることがなく、三食とらされて薬を飲むだけの生活は私の精神を蝕んだ。

だが人生をやり直したいという気持ち一心で耐え抜いた。

 

退院後、すぐに社会復帰という訳にはいかなかった。薬物の後遺症として物音や人の話し声が全て自分に向けられているかのように感じてしまうことや、時折聞こえてくる幻聴に悩まされた。

それに加えて、過去の自分が行ってきた非人道的な行為に対する罪悪感がついてまわった。

 

私なんかが助かっていい人間ではないという思いがあり、いつ神の怒りにふれて地獄へ落されてもおかしくないという恐怖心が根付いていた。

退院先は実家だったのだが、一家離散状態になっており、母一人で住んでいるところへ帰ることになった。

あれだけ忌み嫌っていた母とまさかまた同居することになるとは、つくづく縁があるのかないのか分からなかった。

 

久々にあった母はひどくしおらしくなっていた。私の幼少期に見られた狂気的な面は消え、なかば自分の人生に疲れたかのように見えた。

私はその姿に同情の余地はあるのかを考えていたが、そもそも私の人生が壊れた原因はこの母にあるという思いが憎しみを生んだ。

 

母にはこのまま自分の人生を反省しながら一人孤独に死んでいってもらいたいと思い、私は状態が悪いのを覚悟の上で住み込みの仕事を始めることにした。