統合失調症との共同生活 -34ページ目

自由とは本当に良いものだ。

入院中は21時には電気が消え、眠らされ、朝6時に何にもやることがないのに起こされ、残りの時間はただずーーーーーっと時間が過ぎ、一日が終わるのを待つしかなかった。

 

今はこうしてたまに夜更かししてネットを見たりブログを書いてみたり眠い時に寝て、起きたい時間に起きて、食べたい時間に食べられる。

これが嬉しくてたまらない。

 

一人というのも素晴らしい。他人との集団生活を24時間2年近く続けるのは途方もないストレスだった。

今不満なのは私に労働を押し付けてくる病院関係者だ。

私は必要があるならば外出し買い物だってできるし自炊もできる。それに生活保護費で十分足りる生活を送っている。

 

放っておいても犯罪などしないし孤独も感じないしとにかく一人が快適で仕方がない。

他人と関わる予定を組むだけでその時間通りに動かなければいけないというストレスが発生する。

一人なら一人で好きな時間に好きに動ける。

 

一人という自由は素晴らしい。

 

病院側と母親は私を引きこもりだと言って弾圧するが用事があればそれを済ますために外出するし、必要性を感じない場所に苦痛を感じてまで通う意義は見いだせない。

 

私が社交性を取り戻すにはもう変薬して脳を変える薬を使うしかないだろう。今の薬では人付き合いがめんどくさすぎて無理である。

以前ニュースで重度のうつ病患者に電極を埋め込んで電気を流したらうつが改善し、幸福感を取り戻したと読んだ。

そこまでされるのは怖いが本当に脳内作用一つで人の行い、思考は変わる。

 

だからこそ私は入院中に6回も諦めずに変薬の話を主治医にしたが変えてはもらえなかった。

その主治医も4月まで。新しい主治医は誰になるのか。私の精神病歴10年で見てきた精神科医というものは正直言って患者の話をまともに取り合わない。

取り合っていたら自分自身が病んでしまうからだろう。だから当てにはならない。

 

正直に病状を話して薬漬けにされるか再入院なんて言われたらたまらないのでどうするべきか悩んでいる。

今のままだと人と関わる気がしないとだけ伝えてどうにかなるだろうか。

変薬するなら何がいいだろうか。色々考えているがこのまま続投なら私は働けないだろう。

意欲興味関心何もない。あるのは圧倒的なめんどうくささ。億劫。

 

 

医師は認めてくれないのだが、私は統合失調症の他に不安障害も患っていると思っている。

傾向的に言えば自閉症気味でもある。

 

例えば、家の前でエンジン音が止まるだけで誰かきたらどうしようと不安になるし、電話が鳴るのも怖い。知らない番号からかかってくるだけで一日憂鬱になるし、知り合いの番号ですら出ないときもある。

それに、人の話しに全く興味がわかない。特に笑い話。何も笑える要素を感じられないので笑顔で話すことも質問して会話を広げることもできない。

 

医師は統合失調症で、今それに効く薬を飲んでいるのだから働けるというのだがこんな状態で働いても厄介者扱いされたり不安が増して調子が悪化することが目に見える。

現に作業所へ見学へ行っただけでも相当なストレスで三日ほど寝込んでしまった。

 

対人関係をうまく築けない障害にかかっていると言える。

特に笑顔を作ることができない。事に前向きに取り組むことができない。こんな人間を認める人がいないのは分かっている。

だから職場にもデイケアにも行きたくならない。

 

私は退院したにも関わらず週一の訪問看護で生活を管理されている。酒は飲んでいませんか便は出てますか熱はありますか血圧はどうですか薬は飲んでますか眠れていますか朝起きていますか食事はとれていますかいつ作業所で働きますかと

少しでも不良があると説教が始まり、医師にチクられ最悪再入院となる。

 

私はただ一人で自由に、のんびり過ごしたいだけである。でも毎週毎週やってくる訪問看護で気分が憂鬱になる。

 

医学的には不安障害などは性格ではなく脳の病気ととらえられているらしい。だとしたら薬が効くはずなのだが、出してもらえない。

それに統合失調症に加えて不安障害と自閉症の薬まで出したらそれこそ副作用が怖い。

 

私の主治医は私が働かないのを逃げているだけという。鬱は甘えと言っているのと変わらない。

働ける状態なら誰だって働くだろう。訪問看護の人達は私の背中を押して助けているつもりのようだがひどく重荷になっている。

 

一年八か月の入院で精神病者の末路を見てきて退院したがっているのに退院させない病院の方針も見てきて精神病院に恐怖心を抱いている。

本人の意見主張など無視して強制的に入院させて何年も劣悪な環境に閉じ込めて退院させないという病院だった。

私の母はもちろん病院に賛成側で私が今回退院できたのは奇跡に近い。

 

何か私に合う薬があればいいが、4月から主治医が変わるので変薬の相談でもしてみようと思う。

気になっているのは統合失調症と躁鬱の鬱にもよく効くと言われているクエチアピン。

鬱症状はないがやる気、意欲のなさ、めんどくささ、億劫、共感性の欠如、笑顔の無さ、興味関心の欠如、不安障害、これらに効く薬があるなら試したい。

今の薬では無理だと分かった。

 

ただ医師によっては多剤多量処方に平気でしてくるのでそこが不安だ。とんでもない量の薬を飲んで狂った人を何人も入院中に見たから。

名医に出会いたい。

 

私には生きていて楽しいという感情に出会ったことがない。小学生のころから何事にも興味がなく、人の話していることにも何の関心も抱かなかった。

 

机にただ一人座っていて、誰とのコミュニケーションもとらないというだけでいじめの的になった。上履きがなくなっていたり、教科書やノートが私がいない隙に破られていてそれを見つけた私を見てクラスメイトは嬉しそうに笑っていた。

 

家に帰っても、うちには誰もいなかった。母子家庭で、母は私を放置して男の家に泊まり込んでいた。

買い置いてあるカップメンの山から一つを手に取り、私は餓えを満たした。

 

中学校に上がると、いじめはなくなり私はいつも通り机に一人座って過ごしていた。

先生から読書や絵を描くなどを勧められたが興味がわかず、やってみても何も楽しくなかった。

 

高校へは進学せず、私はただ家に引きこもることになった。母は働いて今までにかかったお金を返しなさいと私にうながしたが、私にできそうな仕事などなかった。

 

男に捨てられ、家にいることが多くなった母からはこんな子に育てた覚えはないなどと愚痴を聞かされた。

18まで引きこもり生活を続け、私は三階のベランダから飛び降りた。

木々がクッションとなり、骨折などの大怪我はしなかったが、腰を痛めてしまいその場から動けなくなった。

 

偶然にも地上にいた母にその場面を見られてしまい、私は病院で体の精密検査を受けた後精神病院へ入院することになった。

医師から病名は告げられず、薬を飲んでゆっくり休むように言われた。

 

入院中、人の好さそうな患者や職員が私に声をかけたがどうでもよかった。

退院先を実家かグループホームに行くかを選ばされたが、私は他人と居る空間が嫌いであったため、実家に退院することにした。

 

退院後、病院からデイケアへ通うように言われたが、私にはなぜそこまでして人との関りを持たなければいけないのか分からなかった。

母は私が飛び降りて以降、私に干渉しなくなった。私は引きこもり生活を続けながらなぜ生きるのかを考え続けた。

 

その答えは出ず、死ぬことができないから生きているだけだという結論にたどり着いた。

私は人の持つ共通的な価値観から外れているのだと感じた。

なぜ他人はあんなにもつまらない話やテレビなどで盛り上がれるのか私には分からなかった。

 

生きる意味も目的も見つけられなかった私は一人自室で首を吊った。

こうして、20年の人生の幕を閉じた。