統合失調症との共同生活 -31ページ目

私は人のために生きるということができない。

自分さえ良ければ何でもいいという訳ではない。お互い、持ちつ持たれつではなく不干渉でいるのが楽なのだ。

 

何かを恵まれたら返さなくてはいけない。ただ恵んで欲しいものもないのに恵んでもらって何を返せばいいのだと悩むのすら嫌なのだ。

 

統合失調症の息子を持つお母さんのブログを読み、家族の協力があれば私もやらなければいけないとなったかもしれないが、そもそも私がこうなり、一家離散状態にまでなった原因は母にある。

 

そんな状態まで家族を追い詰めておきながら母には罪悪感の欠片もないどころか開き直って私を加害者にしたてあげている。

なので私は母元を離れ、生活保護で一人暮らしができないか病院側と相談している。

 

一人暮らしは正直不安だ。日常生活はすぐ慣れると思うが近隣住人に危ない人がいないかが不安なのである。

以前生活保護受給者からお金を巻き上げていた同じアパート住人がいたというニュースを見たことがある。

 

困窮した人が住む場所は治安が悪い。そこが怖い。

でもいつかは母が死に一人暮らしをすることになる。その頃には不倫相手と同居している義父が家を取り返しに来るかもしれない。

そこで事件にでもなったらと思うとずっとこのままの生活はできない。

 

何かのために生きることができれば努力のしがいもあると思うが私は人に興味がないしペットも可愛いと思わない。

自分のために生きるとなるとただ日常生活が平和で自由に送れるだけでいいとなる。

 

生産性がないのである。

 

私は母親から言うことを聞かなかっただけで殺すぞと脅されながら育った。

だから自分の方が体が大きくなったときに殺してやろうと思っていた。子供でもそういう考えを持つのだ。

実行に移さなかった理由は捕まるのが嫌だったのと刺されたりしたら痛そうだしかわいそうだと思う情があったからだ。

 

うちの家庭の躾は暴力だった。だからグレて暴力を振るう側になったわけだがその世界でも先輩からのヤキやよその不良との抗争など危ない場面があった。

 

まだ10代の怖いもの知らずと健常だった精神でそこでもやれていたが完全に精神を病んでしまった今、恐怖心が勝る。

 

統合失調症になってから正に別人に変わってしまった。臆病で仕方がない。

 

 

主治医から未来の自分を想像してどうなれば幸せだと感じるかと聞かれたことがある。

私はその時答えられなかったが、平和と自由が約束されれば幸せに生きていけると思っている。

 

でも多数の色んな人種が生きていて平和は約束されることはない。

統合失調症のために毎日の服薬と通院と訪問看護によって行動を管理され入院していた時ほどではないが自由はない。

 

私は一人でいる時間が好きだ。自由で平和で安全だからである。

その時間を邪魔する人がいる。飯でも行かないかと友人に言われると私は食事に興味がないし酒も禁止されているし人の話しにも興味がない。

 

なので断りたいのだが私は断るのが苦手だ。以前インターホンが鳴り、セールスだったのだが全く興味のない話を10分間程されてストレスを感じた。

以前の私なら間に合ってるんでいいです。と一言言えたのだが今の私は人に嫌な思いをさせることが怖い。

どんな形で返ってくるかわからないからだ。だからはい、はい。と聞いて気が済むまでセールスの話を聞いた。

 

私はさして孤独を感じない。一人で一日中誰との交流がなくても一日一人で平和で安全に暮らせて良かったという安堵が勝る。

今の時代、人が動物に食い殺されるなど滅多な環境で暮らしている人以外ありえない。

人を殺す、暴力で追い詰めるのは人だけなのである。

 

だから人さえ遠ざけてしまえば身の安全は確保され、平和に暮らすことができる。

だから、人と関わることが怖いのである。

 

前回の診察で待っている間発狂している人がいた。あの人はおそらく措置入院になり隔離室で拘束され落ち着くまで点滴で生活することになると思うが、人は限界が来ると発狂して何をするか分からないのである。

私がボブサップやマイクタイソンだったら恐怖を感じることもないかもしれないが私は弱い。体も心も。だからそういう人を見かけただけで絡まれたらどうしようと不安になる。

 

とにもかくにも人が怖いのである。抵抗できる程の力がないからなすすべもなくその時がきたらやられてしますだろう。

 

人の命に電源ボタンがあり、ONOFFで命を終われるなら私はOFFにする。

でも人生甘くない。首吊りによる自殺未遂の経験もあるが実行するときの恐怖と助かってしまったときの脳のパニックで自殺に対する恐怖心が強くこびりついてしまった。

 

精神障碍者になってしまうと人生を謳歌するというのが難しい。苦難ばかりだからであり、それを乗り越える力が足りないからである。

 

一般常識では良い異性を見つけて子供を生み育てて孫の顔でも見たいなどと言って老後を迎えるのが幸せだと言われているがそれはこの世界の苦難を乗り越えていける人の発言である。

私にとってこの世界は不安と恐怖と苦痛に満ち溢れており、子供を生んだら間違いなく不幸にする自信がある。

 

私は再発する度に予後が悪くなっていくというこの統合失調症という病気にかかってから10年の間に4回再発している。

一度目は発症してから二年後、周囲の人間に命を狙われているという妄想が出てきて入院となった。

2回目と3回目と4回目は今回の入院中、一年八か月の期間で3回も再発した。

それほどに劣悪な環境で過ごすことを余儀なくされていた。

 

今は紛れもない陰性症状の時期だ。とにもかくにも退屈で何もできない。陰性症状は治るのに年単位でかかるし、そのまま慢性的に続く症状になってしまう場合もあるらしい。

私の主治医はもう治らないなどと無責任に言っている。だとしたらもう生きる意味がなくなってくる。

なので私は今は休息期であり、回復期がやってくるまで耐えようと思っているのだが病院側はもう働くように言ってくる。

それも毎週会う度にだ。いい加減憂鬱になってくる。

 

入院患者の中には妄想と幻聴の世界から抜け出せなくなっている人が何人もいた。

私もこれだけ再発したのだからそうなってもおかしくなかったのだが、運よく一般常識の範囲で物事を考えられる状態で収まっている。

 

だからこそ、もう働ける状態であるとみなされている。陽性症状が短期間に3度も出てしかもそれから半年程度しか経っていないのにこの病院は統合失調症の何を学んできたんだと思わざるをえない。

 

私の主治医は生きているだけで良いと言ってくれたと思ったら若いうちに働けと言ってきたりバイクで日本一周してくることを勧めたりはっきり言って適当な医師だ。

それに入院中に体調の不良を訴えても薬の変薬、減薬すらしてくれなかった。

まだ若い医師だから知識に乏しいのだろう。

 

4月から新しい主治医に変わるのだが藪医者に当たらないか不安で仕方ない。藪医者とは典型的な多剤多量処方する医師だ。

患者の話をまともに聞かず全てを薬で解決しようとする怠慢さを持っている。

10年前に入院したときまだ18歳の少年を薬漬けにして廃人にしてそのまま転院していった女医がいた。

 

精神障碍者は医師に下手な口や態度をとれば簡単に廃人にされる。恐ろしい世界である。

 

重度の精神病患者が集まる病棟へ行くと患者をゴミを見るような目で見て一言で診察を終わらす医師もいる。

それでヘルパーさんたちよりも高い給料をもらっているのだからすごい話だ。