私は人のために生きるということができない。
自分さえ良ければ何でもいいという訳ではない。お互い、持ちつ持たれつではなく不干渉でいるのが楽なのだ。
何かを恵まれたら返さなくてはいけない。ただ恵んで欲しいものもないのに恵んでもらって何を返せばいいのだと悩むのすら嫌なのだ。
統合失調症の息子を持つお母さんのブログを読み、家族の協力があれば私もやらなければいけないとなったかもしれないが、そもそも私がこうなり、一家離散状態にまでなった原因は母にある。
そんな状態まで家族を追い詰めておきながら母には罪悪感の欠片もないどころか開き直って私を加害者にしたてあげている。
なので私は母元を離れ、生活保護で一人暮らしができないか病院側と相談している。
一人暮らしは正直不安だ。日常生活はすぐ慣れると思うが近隣住人に危ない人がいないかが不安なのである。
以前生活保護受給者からお金を巻き上げていた同じアパート住人がいたというニュースを見たことがある。
困窮した人が住む場所は治安が悪い。そこが怖い。
でもいつかは母が死に一人暮らしをすることになる。その頃には不倫相手と同居している義父が家を取り返しに来るかもしれない。
そこで事件にでもなったらと思うとずっとこのままの生活はできない。
何かのために生きることができれば努力のしがいもあると思うが私は人に興味がないしペットも可愛いと思わない。
自分のために生きるとなるとただ日常生活が平和で自由に送れるだけでいいとなる。
生産性がないのである。
私は母親から言うことを聞かなかっただけで殺すぞと脅されながら育った。
だから自分の方が体が大きくなったときに殺してやろうと思っていた。子供でもそういう考えを持つのだ。
実行に移さなかった理由は捕まるのが嫌だったのと刺されたりしたら痛そうだしかわいそうだと思う情があったからだ。
うちの家庭の躾は暴力だった。だからグレて暴力を振るう側になったわけだがその世界でも先輩からのヤキやよその不良との抗争など危ない場面があった。
まだ10代の怖いもの知らずと健常だった精神でそこでもやれていたが完全に精神を病んでしまった今、恐怖心が勝る。
統合失調症になってから正に別人に変わってしまった。臆病で仕方がない。