そもそも慰安婦に関する問題は戦後すぐに起こったのでなく、1970年代になってからで、旧日本軍が戦地の女性を強制連行し、慰安婦にしたとする本がいくつか出版されて明るみになった。初期ウーマン・リブの運動家田中美津の1970年の著作に「従軍慰安婦という一大便所集団」の「大部分は朝鮮人であった」「貞女と慰安婦は私有財産制下に於ける性否定社会の両極に位置した女であり、対になって侵略を支えてきた」という記述がある。1973年には千田夏光『従軍慰安婦』(双葉社)が刊行され、朝鮮人女性が20万連行され、そのうち5~7万が慰安婦とされたと書かれていた。のちのアジア女性基金調査によれば、これはソウル新聞の記事の誤読ではないかとし、また数値の根拠は不明としているし、吉田の著作内容はのちに済州新聞の許栄善記者や秦郁彦らの調査の末、本の記述は事実では無く捏造であることが明らかになり吉田本人も創作と認めた。だが、宮沢首相は盧泰愚大統領との首脳会談で事実関係の調査を経ることなく慰安婦問題について何度も謝罪し、「真相究明を約束する」と表明し同年、日本の歴史家秦郁彦による現地調査でも強制連行が虚偽であることが確認された。日本政府の第一次調査では「軍の関与」は認めたものの、「強制連行」を立証する資料は無かったとしたが、韓国政府は受け入れずに、強制性を認めるよう要求する。日本政府は再度調査を行ない、やはり強制連行を行ったことを示す資料は存在しなかった。しかし、その結果発表の際に、河野洋平官房長官がいわゆる「河野談話」を発表する。河野談話では「日本政府が強制したということは認めたわけではない」が、日本軍の要請を受けた業者によって女性が意志に反して集められ、慰安婦の募集について「官憲等が直接これに加担したこともあった」「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。」として、「日常生活に強制性が見られた」と解釈し、反省とお詫びの意を示した。また、平成六度版の高校歴史教科書から、韓国政府から強く要請されていた慰安婦の記述がなされるようになり、高校・中学校のほとんどの歴史教科書で従軍慰安婦として記載された。以後、韓国側は、この河野談話を従軍慰安婦の事実の根拠として使われる様になる。全く関係がないアメリカ州議会で慰安婦謝罪を求める決議案は、事実関係を調査せずに韓国系アメリカ人の支持を得る為に行われるパフォーマンスの一つに過ぎないだろう。
