
零戦が正式採用された頃のタイヤの製造は、家内工業的な感じで製造されておりタイヤの骨格ともなる重要なカーカスの素材は、良質な木綿を捻り合わせて作られたコードを縦方向に並べ、これをゴムで固めて布状にしたものを斜めに交互に重ねて強度を保たせタイヤのカーカスを形成していたのだが、手作業によりコードを一本一本作られている為に荷重が均等に掛かる様にコードを作る事が出来なかった。それによりカーカス自体に弱い箇所があると此の部分に内力が集中しタイヤのバーストに至ってしまう。零戦が基地配備後に離着陸訓練中にタイヤのバーストが原因の事故が多発し事故調査後、上記の様な製造不良を見付け海軍が国内タイヤメーカー全社の生産設備を調査して際立っていたのが、当時未だ航空機用タイヤの製造を行っていなかったヨコハマタイヤで車のタイヤの製造では既に機械化されていて、他社の様な手作業による工程が無かった。しかも当時はタイヤの荷重試験を行う概念も要求項目に無かったにも関わらず社内には動的荷重試験機まで備えていた。海軍は欧米並みの近代化した生産設備を有していたヨコハマタイヤに対してブリジストンやダンロップ等の他社へのタイヤ製造に関する技術開示を求めると同時に航空機タイヤの製造を依頼し納入させた。ヨコハマタイヤの技術開示で、劇的にタイヤの性能を向上させたのがタイヤの製造を行ってから未だ日の浅いブリジストンタイヤで在った。現在のマーケットシェアからして、とうてい考えられないが・・・。

