聖断 6 | 野村孝博のブログ

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 陸軍は天皇を守るため、皇族一家を長野県松代に転居させようと、そこに仮皇居をつくり始めていたのだそうです。しかし天皇は「わたくしは国民と共に、この東京で苦痛を分かちたい」と断ったそうです。陸軍としては、天皇をお守りしつつ、最後の一兵まで本土で戦い続けるという意図があったようですが、その意図を読み取ったのか、天皇は内大臣がこれまで見たことがないほど怒ったのだということでした。保身よりも国民のことを第一に考える、せめて苦痛を分かつという姿勢はトップなら見習わなければいけないでしょうね。

 

 話は変わって皇太后についてです。鈴木が首相就任の際、貞明皇太后つまり昭和天皇の母に挨拶に行くと、貞明皇太后は鈴木に対して自らの心中を吐露したということです。こうしたことは異例中の異例だそうですが、そのコメントがこちらです。

 

 「鈴木もよく知るように、いま、年若い陛下が国家興廃の岐路に立って、日夜、苦しまれております。もともと陛下が、この戦争をはじめるのが本意ではなかったことを、これもよく知っているでしょう。それが、いまは敗戦に次ぐ敗戦をもってし、国土にまで被害が及び、祖宗にうけた日本が累卵の危機に瀕しています。」

 

 ここで言葉を切って、涙をぬぐいながら

 

 「鈴木は陛下の大御心をもっともよく知っているはずです。どうか親がわりになって、陛下の胸中の御軫念を払拭してあげて下さい。また、多数の国民を塗炭の苦しみから救って下さい……」

 

 と言うものですが、皇太后から「親がわり」と言ってもらえる鈴木の信用は凄いですね。そして、実の親がこうしたことを頼んでしまうというのも歯がゆいことなのでしょう。恐らく、立憲君主制をかたくなに守って苦悩している陛下と同様に、その苦悩に対して親として何もできない皇太后の苦悩があったのでしょう

 

 最後に、終戦時の陸軍大臣だった阿南惟幾についてですが、こんな歌を残しています。

 

「誠なれ ただ誠なれ 誠なれ 誠、誠で 誠なかれし」

 

 「人間は“誠実”でなければならない」と言う意味ですが、これだけ誠を繰り返せるくらい誠実であるべきなのでしょうね。阿南大臣も辞任するタイミングは何度もあったようで、辞任すれば降伏することを回避できるような状況でもあったようですが、それをせず、陸軍をまとめ続けて終戦へと導いてくれました。終戦直後に自決してしまうのも、何とも実直なイメージを強くしてくれます。

 

 時代が違うと言われればそれまでですが、登場人物の皆様、とても真似のできるような生き方ではありません。しかしながら、せめて誠、誠で生きて行けるようになりたいと思います。