白い巨塔(四) | 野村孝博のブログ

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 山崎豊子著「白い巨塔(四)」を読みました。

 

 退職届を提出した里見助教授ですが、その後、半年余り生殺しのように退職とも在職ともつかないような状態で放置されていましたが、大河内教授の計らいで、近畿癌センターで研究を続けることができるようになります。一方で、敗訴になった患者は控訴することを決意し、里見も協力することになります。

 

 財前教授はというと、医学部長からの打診で、学術会員選挙に出ることになります。またしても選挙の話で、しかも出馬の経緯は医学部長の今後の進路に利益になることを見込んだもので、本当に利己が蔓延るいやらし人間関係です。財前教授自身について、(一)ではクレバーで優秀と言うイメージしかなかったのですが、教授選挙や裁判を経て、どんどん増長していくようなイメージです。裁判の争点も、財前が誠実な対応をしたかどうかというよりも、医学的に細かい検証ばかりでしたが、控訴審もそのような雰囲気になりそうでした。

 

 そうした中で、当時、財前教授の回診に随行していて、後に退職した元婦長が登場し、財前の不誠実な対応について証言が出来ることがわかります。しかし、元婦長は身重で、その夫も含めて協力は得られそうにありません。一方の被告側は、新たに医師会の顧問弁護士もつけて、あらゆる方向に手を回します。基本的に、誤診についての裁判などは医者の協力は得られないものだそうですが、そうした中で更に証言台に立とうとする人間の、出世を阻むような圧力をかけていきます。元婦長夫婦のところにも赴き、出廷しないように、あるいは被告側の証人として出廷するように依頼し、手土産の中には現金も入れておく念の入れようです。更に、弁護士は夫の勤める会社に関りがあり、会社の上層部から、夫に圧力をかけていきます。しかしながら、その圧力に夫が反発し、結局、原告側の証人として、出廷することになりました。策士策に溺れると言うのはまさにこのことですね。

 

 裁判となった案件の患者と、そっくりの患者が同じ病状で入院してくるなど、ちょっと著者の作品としては珍しくオカルトな部分もあるのですが、そのあたりで、財前が前任の東教授に言われた言葉を思い出します。「医者はいうものは、たとえ最善を尽くしても自分が誤診して死なせた患者のことは、一生心の中に頭に随いて廻り、忘れられないものだから、メスを持つ外科医は特に気をつけることだ」というもので、それを振り払うように努めるのですが、この言葉が本書で言いたいことなのかもしれません。

 

 いよいよ(五)で控訴審が始まります。