こんな夜更けにバナナかよ 2 | 野村孝博のブログ

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 昨日の続きです。

 

 そんな感じでボランティアなんて居着くのかと驚かされます。もちろん、辞めてしまう方もいらっしゃるのでしょうが、ボランティアの一人のコメントに「とにかく、あの人の『生きたい』っていう思いはハンパじゃないから。みんなつい巻き込まれちゃうんですよ。」とありました。通常、人工呼吸器を使用している方と言うのは、気管切開して器具を挿入し、誤嚥防止のバルーンを気管に密着させているので、話が出来ないのだそうです。しかしながら、鹿野はこのバルーンのふくらみと呼吸器の換気量を自分で調節することで声を出し、「呼吸器患者はしゃべれない」という定説を覆したのだそうです。これも「生きたい」という思いの賜物なのでしょうね。「思いは実現する」とはよく耳にする言葉ですが、これだけのことができてしまうのかと思わされるエピソードです。

 

 そうしたエピソードの中に、福祉についての解説も挟まれています。福祉先進国では「施設から在宅へ―」という流れがあり、それは社会コストからみても、施設の建設費用・維持費用・人件費と比べても、一人一人に自立を促し、必要なところに必要なサービスを提供したほうがコストを抑えられるともありました。この辺りは細かく計算して見なければなりませんが、鹿野のように、ボランティアに介助してもらうというのは稀有な例だと思います。そうなれば、一緒に集めて、少ない人数でケアをする方がコストはかからないと思ってしまいます。

 

 日本には「妻や親がまず介助をすべきであり、他人(それが介助職員であれ)に介助を頼むのはそれからだ」という献身的な家族介助の信仰があるそうですが、鹿野はそれも打ち破ろうとしていました。まず、結婚したということも驚きでしたが、その妻がなるべく手を出さないように設えていたということです。しかしながら、先述した日本の信仰に合わず、「奥さんは夫の面倒も見ず、ブラブラ遊びまわっている」なんていう心無い中傷も受けたのだそうです。そうしたことだけではないのでしょうが、鹿野の5年間の結婚生活は終わりを告げます。

 

 鹿野という男は、落ち込むときは大変落ち込むのですが、たくましく復活し、また、ボランティアの女性に恋をして、フラれ、落ち込み、また恋をし、彼女ができるなんて言うこともあったということでした。しかも、鹿野はそうした気持ちを伝えることも一人ではままならない為、ボランティアの介助を必要とするということですから、プライベートも何もありません。

 

 最初に「よく理解できない」と書きましたが、正直、ちょっとかじっただけで理解できるようなことではないのでしょう。

 

 さらに続きます。