前回、初回を書いてからたくさんの不愉快なことがあった。

ブログを書くと決めてネタを意識した途端であったので
迷信的ではあるが「ブログがこれらを引き寄せたのか?!」と
少し本気で考えてしまった・・・

それらの事件を書くのは、もう少し時間が経って
関係者が笑って話せるようにしてからしたい。

ということで、今日は全く関係ない話を書く!


ここ最近、自宅から会社までの徒歩出勤ルート上の
横断歩道で毎朝、交通警察とボランティアの交通整理が立っている場所がある。

その交差点には車用はもちろん、歩行者用の信号もあるのだが
これが誰も守らない・・・

車の量もシンセンで一番高いビルの真下の交差点ということもあり
朝の出勤タイムともなるとかなり多い。

多分、過去に起こった事故も少なくないのだろう。
警察としても、その惨状を見過ごすわけにはいかず
交通整理要員を4角に各一人配置することにした。

ただ、それでも95%の人が信号を守らない、
というよりも見ていない・・・

そして制服を着用した警察がピーピー笛を吹いても
だれも聞こえてないかのように信号を守らない。

警察も見かねて怒鳴る時もあるが、チラッと見るだけで
引き続き渡るつわものがほとんどである。

時間に追われているようには到底見えない、老人達も平気で渡る。

彼ら中国で暮らす人々は「規則」、「規則を遵守させるもの」についてどのように考えているのだろう??

多分、「自分の利得を阻害するもの」として考えているのではないか。

無政府状態では誰もが自身の損得のみを追求するあまりに
結果的に誰もが多くのコストを払わなければいけなくなる。
皆が自身の自由を一部制限しルールに従うというコストを払うことにより
より大きな損得を得られるというのが常識であり実際に事実であると思う。

ただ前提として

①「皆が守る」
②「ルールが安定している」(例…コロコロ変わらないなど)

が保証されていなければ
自分だけルールを守ることは大きな不利益になりかねない。

中国は歴史的な背景も有り
時の権力者次第で今までは褒められていたことが処罰の対象になったり
ルールを守らなかったものが大きな経済的、社会的成功を手に入れたり
という例が山ほどある。

そのようなDNAを引き継いできている人達にとっては
常に「今の自分にとっての損得は何か?」ということを判断し続けることが
当たり前の習慣になっているのだと思う。

それが短期的な自己利益のみに囚われて
更に長期的な大きなチャンスを逃すことになっているとしても
大事なのは「今」「自己」なのだろう。

「今がなければ「未来」も糞もない」とは
昔いた従業員にも言われたことがあるのを思い出した。

かの有名な「今を生きる」で
キーティング先生が「教科書なんて破り捨てろ」と伝えたが
さすがに「信号なんて無視しろ」とは言わないだろう・・・

せめて自身の組織では
安心して皆がルールを守りたいと思える
安定した環境を提供したいと思った。