インドに引越してきて1年がたちました。

先日無事2回目の誕生日もインドで迎えて季節が一周したのを感じていたところです。

最近ブログがご無沙汰で

私は6年前からインドでアーユルヴェーダを学ぶサービスを行なっているのですが、(http://www.nomadasia.net/)ここにきて改めて、自分はこだわってたんだなぁと思うことがありました。

それは、「インドで学ぶという意味」 です。

他のことはともかく、「アーユルヴェーダ」を理解するためには、インドの風や音や、臭いやお祭り、言葉、音楽、街中の雑踏や、灼熱の日中や、でもたくましく育っている木や動物達なんかを見ることがいかに大切で、私達が自然の一部であるか、ということを納得できるんですよね。

「インド行きたいけど、いけないのよ」

、、、、そんな声が聞こえてきそうです。

それもわかります。

いろんな「できない」理由があるんだと思います。

お金がない

時間がない

怖い

忙しい

とか、とか。。すごくよくわかります。

その見えない壁は実は自分が作っていたりするんですけどね。


私も7年前まではアーユルヴェーダ知らなかったですし、体に悪いことばっかりしてました。

自分の体に耳を傾ける時間て、私は日本ではとれなかったんですよね。

でも、インドである意味いらいらするぐらいのんびりした時間の中で、逆に体に耳を傾けることは、カンタンだったんです。

その後、インドに来るたびに日本とインドの空気の違いを感じてきました。

たとえば、アーユルヴェーダでは起床は日の出前とあるんですね。日本(特に東京)でだったら「うそん、むりやん」ってなるんですが、インドはその時間帯がすずしくて、うるさくなくて最高なんです。そしてとってもいい「気」が流れている時間なので、なぜかインドでは早寝して起きてみようって気になるんですよ。

文章と、理屈だけじゃ伝わりづらいとは思うんですが。

だから、勝手に(笑) うちは、、というかNomadasiaは「インドで学ぶ」ってことにこだわっていこうかなと思ってます。今6年目なんで、10年ぐらい続いたら、それはそれで面白いかなと。

もし、このブログを偶然みているあなたが、たとえ私を知らなくても、インドにくるきっかけになったらそれはすごく嬉しいことだし、たずねて来てくださるようなら、それはやっぱり大歓迎です。

きれいごとじゃなくて、それは実際にたくさんの人がそうして接してくれたから。

だから、今度は自分がしないと。

そんなことを考えている今日このごろです。