人を褒めるのは難しい(つれづれ話) | 無農薬栽培 みんな集まれ!ノーマ農園

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2011年春、愛知県愛知郡東郷町諸輪畑尻山90番地に、すべての人がノーマルに生きるための農園が誕生しました。その名も『ノーマ農園』。

私は、30才を過ぎた頃から「若く見えますね」と言われ続けてきました。

面倒くさいので「苦労が足らないので若く見えるのです」と返すのが決まり文句でした。

実際、上司に「お前は苦労が足らん」てよく言われていましたので、この文句を思いついた次第です。

 

女性であれば若く見えるというのは高い確率で褒め言葉になると思いますが、私にはそうではありませんでした。

若く見えることにコンプレックスを持っていたのかもしれません。

 

なぜ、そこにコンプレックスを持ったかを考察してみると、私は元々「人に尊敬されなければいけない」という観念があり、若く見えることは軽んじられることにつながると思い込んでいた節があります。

 

実際、会社の他部署の人や取引先の人と初対面で会うときに、明らかに私を年下と思ってため口でしゃべってくる場面が多々ありました。

そんなときに、何気なく年齢を匂わせる話をすると、急に言葉が敬語になる経験を何度となくしました。

私は年齢にセンシティブだったので、相手の年齢は高い確率で見抜いていました。

 

余談ですが、この年齢当ての才能を利用して、クラブやスナックに行った際には、接待役の女性に「年齢を当ててあげようか」と話しかけることが常でした。

そして、実年齢と私の予測年齢は多くの場合0~-2才に収まっていました。

それが話題になって、私も私もって寄ってくることもあったほどです。

0~-2才と言うのは、女性に対する私の心ばかりの心遣いからです。

女性の年は、顔全体と目尻、首筋から胸元、手指をみると、当時の私には大体の年齢が推測できたのです。

女性の顔をまじまじ見たり、手を触ったりするのも嫌らしい感じがしたので、年齢当てと称してスケベ根性を満たしていたような気もします。

 

ちなみに、今の私には年を当てる能力はなくなってしまいました。

なぜなら、尊敬されようがされまいが、私は私ですからという居直りに近い観念が根付いたので、年の上下はどうでも良くなってしまったからです。

 

そして、最近は「若く見えますね」といわれることはほとんどなくなりました。

その代わりによく言われる言葉は、驚くことに「肌が綺麗ですね」なんです。

この言葉にはとても満足しています。

 

私の肌が綺麗なんてことを本気で信じているわけではありません。

日に当たって黒ずみ、シミもバッチリあるのに綺麗だと表現してくれる言葉の意味を、「生き生きしていますね」と勝手に私が翻訳しているのです。