堤防の空き地に車をとめてグリーンバリケードまでの小道を歩く。
大変なことになるのは承知の上だから、釣り具は持たずに抜き身のマチェットとアクエリアスだけを持参。
このために持ってきた水漏れするウエーダーを装着している。
草の汁などで服が汚れるからね。
地元より気温が低いとはいっても盛夏は盛夏だ。
汗が顔を伝い落ちる。
(何かやけに…)
道の脇に生えまくっているオオブタクサの緑が濃くて逞しく思えた。
小道を歩き続けて藪の入り口へ到着。
(どひゃあ…)
実際に目にした3mの巨大ブタクサ連合軍は圧倒的な迫力だった。
奥がどうなってるかなんて全然見えない。
しかし、これが延々と続いている訳ではないことを自分は知っている。
それでも敵前逃亡を選択肢に入れさせるほどの勢力だった。
(とりあえず、ここを突破してからだな)
マチェットを振るい始めた。
いくら草本とはいえ、3m級ブタクサの茎の直径は5㎝ほどになり、結構固い。
サッと振れば簡単に切れる5、6月とは違い、変な角度で刃が当たると弾かれたり、下手な振りでは食い込んで抜けなくなったりする。
久し振りだったのもあって最初はそんな感じだったが、すぐに慣れて振り抜けるようになった。
まあしかし、この緑壁が予想以上に厚かった。
とにかく、ここを突破しなければ始まらないのでぶち抜いた。
その後に広がるのは、腰の高さくらいにまで繁茂したカナムグラの群生。
カナムグラはヤブガラシに似た感じのつる性植物で、葉の裏や茎には小さなトゲトゲがあり絡みついて鬱陶しい。
ネットで拾った画像だけど、こんな草です。
ちなみにウィキペディアには以下のように記載されている。
【和名「鉄葎」は強靭な蔓を鉄に例え、「葎」は草が繁茂して絡み合った様を表すように、繁茂した本種の叢は強靭に絡み合っており、切ったり引き剥がしたりすることは困難である。】
全くその通りで、つるが丈夫な上にフワフワと茂っており、マチェットでは切りにくい。
大先生いわく、刈払機でも絡みつくそうだ。
ガッチリ立っていてくれた方が地面に固定されているから切りやすいのです。
それに絡まり合って生えているこいつらは、ちょっと切れたくらいでは藪のボリュームが変わらない(時間が経てば萎れるけどね)
これは踏み潰しながら進む方が効率が良い。
足を高めに上げて体重で圧縮しながら補助的にマチェットを振って奥へ向かった。
ここには何度も来ており、所々に生えている大きな木を目印にして進めるから自分は良いけれど、初めての場所で今の時期に藪漕ぎロングウェイは止めた方が良い。
なんつったって、自分が昔ここで軽い熱中症になったから。
あの時はどの木を目印にしたらよいか分からずに突入し、彷徨い続けて危険を感じ、何とか車に戻った時には全身がビリビリ痺れて湿疹が出ていた。
車内にあったアクエリアスを飲んでも身体に浸みていく感覚が全くなくて、熱で内蔵をやられたかと不安になった。
全く動く気になれず、クーラーをガンガンに効かせた車内でしばらくひっくり返っていた。
繁茂した藪の中では見通しは利かないし、迷った道を引き返すのがしんどくて、見当をつけて最短距離を戻るにしても新たに藪を突破しなければならない。
どうやっても体力は消耗していく。
その上、藪の中の湿度はかなり高いので、汗をかいても気化熱での冷却効果は低い。
体内の熱はどんどん溜まっていく。
当時はマチェットも持ってなくて、自分の身だけで藪を押し倒していたから余計に辛かった。
マチェット購入は、この経験があったから。
ま、昔話と講釈はこれくらいにしておきます。
最短ルートはだいたい分かっているけれど、その途中に巨大ブタクサ軍団があると迂回したくなる。
しかし、カナムグラを踏み潰しながらの迂回が大きくなり過ぎても疲れるので、オオブタクサの壁をぶち抜くか迂回するかを天秤にかけ、少しでも楽そうな方を選んだ。
そんな二択を幾つもこなして、川岸まであと少しの所まできた。
いつも行く方向には、かなり高密度の巨大ブタクサ軍団が立ちはだかっていた。
いわばラスボス。
これを突破すれば見通しが立つ。
…のだが、かなり疲労も溜まっていた。
肥料の臭いが風で運ばれてきたのか、厩舎のような臭いがしていた。
今日はここまでにして、続きは明日にしようか?
それとも水際まで刈り進んでキリにするか。
なんて思っていたら、
〈ガサ〉
藪の中で物音が。
どうせ鳥か小動物だろう。
そう思った直後、
〈ガサガサガササッ!〉
音が急速に大きくなり、藪の中をこちらに向かって真っすぐに、どえらい速さで近付いてきた。
もう小動物が出す音ではなくなっている。
ぶったまげた。
『う』と『お』を同時に発音するような唸り声が自分の意思とは関係なく口から出て、軽く腰を落とし(というと聞こえは良いが、単にビビって屁っぴり腰になっていた)、マチェットの切っ先を音源に向けて構えた。
ほぼ同時に、
〈フゥウゥゥゥゥッ!!〉
どう考えても威嚇としか思えない呼吸音も耳に飛び込んできた。
一瞬だけヤツの目をむいた顔が見えたような気がした。
突進は止まっており、目の前2~3mの藪の中に居るはずだ。
(どっちだ?)
クマかイノシシか?
正体を見極めようと目を凝らすが、居るはずなのに見つけられない。
まあ、どっちでも良い、やるしかない。
しかし、どこ行った?
全く分からない。
こうなったら、突っ込んでくるのに合わせてマチェットを顔面に突き立てるしかない。
来るなら来やがれ。
肚を決め、構えてじっとしていると、
〈ドッ・ドドッ・ドドッ・ドドッ…〉
思っていたより左の方で、蹄で大地を蹴るような足音が大きく響き、遠ざかっていった。
イノシシだったのか?
後から大先生に聞いたら、多分そうだろうと言っていた。
しかし、何事もなくて良かった。
いくら濃い藪の中とはいえ、すぐそこに居るはずなのに見つけられなかったし、逃げていく足音も意外な所から聞こえた。
これって、とんでもないことだよね。
あ、イノシシであってブタではないからトンでもないって訳じゃないよ。
2~3m先で完全に気配を消せるってことだもん。
野生動物、やっぱりマジでスゲーわ。
さて、これで一安心だけど、これからどうするか?
疲労も結構あった。
川岸まであと少しだが、これは川の神が『ここらで引け』と言っているのかも。
そう捉えて戻ることにした。
実際、車に戻った時にはふーふー言ってたし、ウエーダーを脱いだらズボンは水に入ったかのようにベタベタに濡れてていた。
上半身は冷感速乾ロンTの上に半袖綿Tを着てたけど、綿Tまでがグショグショ、首にかけたタオルは軽く絞るだけで吸った汗が滴り落ちるほどだった。
引いて正解だった。
(これは休憩しなきゃ)
チェーン脱着場の木蔭に車をとめて、クーラーを効かせてシートを倒した。
あ、この時の写真は撮る余裕がなかったので、ご勘弁下さいね~。