新作文楽 『不破留寿之太夫(ふぁるすのたいふ)』
シェイクスピア=作 「ヘンリー四世」「ウィンザーの陽気な女房たち」より
鶴澤清治=監修・作曲
河合祥一郎=脚本
石井みつる=美術
尾上菊之丞=所作指導
藤舎呂英=作調
大夫
豊竹英太夫 豊竹呂勢大夫 豊竹咲甫大夫 豊竹靖大夫
三味線
鶴澤清治 鶴澤藤蔵 鶴澤清志郎 豊澤龍爾 鶴澤清公
人形遣い
ふぁるす 桐竹勘十郎
春若 吉田和生
居酒屋お早 吉田蓑二郎
蕎麦屋お花 吉田一輔
旅人 桐竹紋臣
居酒屋亭主 吉田勘市
蕎麦屋亭主 吉田玉佳
歌舞伎、文楽にかぎらず、舞台の新作には当たり外れの差が大きい。
外れたものにあたってしまったときは、その時間が苦痛でしかなく、チケット代金を返してほしくなる。
大当たりのときには、世間のほとんどの方がまだ知らない極上素敵なものを、自分がいち早く体験したというたまらない優越感にひたることができる。
さて、今回の新作文楽、シェイクスピアの教養が皆無という、いつも以上の不安を覚えつつ、ひょっとしたらという期待も抱えながら、出向いてみた。
通例の上式幕ではなく緞帳が上がると、幻想的な雰囲気を持った舞台美術が現れる。
大夫四名と三味線五名の合計九名がずらりと床に並んで開演。
監修・作曲した鶴澤清治が三味線を弾きだしたとたん、その音に思わずウルッときてしまった。
そのワケはわからないが、自分の琴線に触れる何かがその音に含まれていたのだろう。
これはこれは、とそこからの展開に期待感がふくれた。
だが、この舞台の気配、どこやら既視感がある。ちょっと記憶を遡ってゆくとすぐにそれへたどり着いた。
NHKで放映されていた人形劇がそれだ、「新八犬伝」。
辻村ジュザブローが創作した人形たちを、坂本九の名調子にのせて毎回展開してゆく当時の人気番組。もちろん、この番組のほうが文楽を大いに参考にしたことだろう。テレビと舞台、大いに異なる空間であるはずなのだが、なぜか終始、似ているように感じられた。
そして、肝心の話の展開がいまひとつはずまない。所々にユーモアなセリフ、ちょっと考えさせられるセリフが織り込んではあるのだが、そのユーモアも含めて、人形だからこそできるデフォルメされた動きが少ないため、せっかくのセリフが生かしきれてはいない。新作なのだから、もっと弾けてもらいたかった。もっともっとカリカチュアしてしまってよいのではなかろうか。
ラストで舞台から降りて花道代わりに客席通路を進んでゆくふぁるす、遣っている桐竹勘十郎の熱演にもかかわらず、その通路に近い観客は悦んだではあろうがただそれだけのこと、その効果もあまり感じられなかった。
どうやら自分にとっては、鶴澤清治の初めの一音色がこの舞台の頂点だったようだ。
しかし、大夫、三味線、そして舞台美術は素晴らしいし、不破留寿之太夫(ふぁるすのたいふ)の臆病者だけれど酒好きで好色というキャラクターは誰からも愛されるものであり、そのキャラクターを見事に人形に造形しているのだから、ぜひ脚本と人形の動きをさらに練り直しパワーアップしていただければ、万人受けして再演を繰り返すレパートリーになるに違いない。
日経新聞に掲載されたこの舞台レビューは、より的確だと思う。