↑のつづき。


さて、神山町の辰ノ宮を後にして、
さらにさらに旅はつづく。



次に目指すは、
徳島市の立岩神社の陽石と対を成す
名西郡神山町鬼籠野元山
『天岩戸立岩神社』(陰石あり)。
そして、
徳島県名東郡佐那河内村上字牛子屋の
『天岩戸別神社』。

祭神の天手力男神は、
 古事記や先代旧事本紀では、
「佐那県(さなのあがた)に坐す」
と記されており、
その場所とは佐那河内村なのである。


ところが…


大雪の中、土地勘もなく
Googleマップのみを頼りに進むと
とんでもない道に案内されてしまった…


命の危険を感じ、あえなく断念。


この日は冬至の日。

天岩戸は閉じられていたのである。



気を取り直して山を降り、
別の神社へと舵を切った。


しばらくすると、標高は低くなり、
雪は止み太陽が顔を出してくれた。

ほっと一安心。

ここは徳島県唯一の村
『佐那河内村(さなごうちそん)』。


徳島県のホームページでは、
佐那河内村をこう説明している↓
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
佐那河内村(さなごうちそん)は、
古代「狭長村」とも呼ばれた。
中峰山が南北二渓に分ける地形を表すとも、
棚田(狭田長田)」を表すとも言われる。
佐那河内村の棚田で収穫される米は
非常に味が良く、藩政時代には
蜂須賀公への「献上米」としても名を馳せた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




そして辿り着いたのが…

『大宮八幡神社』である。




拝殿。

佐那河内村総鎮守
『大宮八幡神社』

鎮座地 徳島県名東郡佐那河内村下高樋
創建 西暦708年(和銅元年)
別名 大宮神社
祭神 
八幡大神(第15代応神天皇)
足仲彦天皇(第14代仲哀天皇)
姫大神
高良大明神
息長帯姫命(神功皇后)
大鷦鷯尊(第16代仁徳天皇)
菟道稚郎子尊(応神天皇の皇子)


大宮八幡神社には、
神代文字である阿波文字が伝えられており、
1779年(安永8年)に神主の藤原充長が
著した『神字書』に阿波文字が
掲載されているのだそうな。


徳島県神社誌↓
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
創建は708年(和銅元年)に
豊前国の宇佐八幡宮の神霊を
勧請して斎き祀る
~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ここで面白いのが、
宇佐八幡宮の創建は725年と云われ、
この大宮八幡神社の創建は、
708年である(笑)

宇佐八幡宮のホームページによると↓
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
御祭神である八幡大神さまは
応神天皇のご神霊で、
571年(欽明天皇の時代)に初めて
宇佐の地にご示顕になったといわれます。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
と書かれており、
「それならおかしくないかぁ」
と思いがちだが、
神山町の宇佐八幡神社は
創建年代不詳なんですよ皆さん。


また、由緒には、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「人皇第四十三代元明天皇
 和銅元年(七〇八年)二月、
 佐那県に宮柱太敷立て、
 高天原に千木高りして、斎奉る」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
つまり、「ここが高天原ですよ」
と言っているのである。



そして、多くの八幡神社は
元々あった神社に合祀されて
広まる例もあるため、
元々は『大宮神社』が正しき社名であろう。




狛犬かわいい。





『大宮の乳銀杏』。






横から本殿。

千木は男千木。




『大宮神社』と言えば、
『大宮売神(オオミヤノメ)』。

古語拾遺では
忌部の祖神『天太玉命』の子とされ、
別名は『天鈿女命(アメノウズメ)』。

『ウズ』の名を持つ女神である。
※徳島と言えば、うず潮


古代より朝廷の祭祀に携わった
『猿女君』の一族の祖であり、

ご存知、
猿田彦大神』の配偶神である。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
10月におこなわれる
佐那河内村の『朝宮神社』のお祭りでは、
神主により、ご神体が御神輿に鎮座され、
その御神輿は氏子の家を回った後、
天狗を先頭に園瀬川に入っていく。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

天狗』と言えば、猿田彦大神

そして、朝宮神社はこの大宮神社の末社。



そんなこんなで大宮神社本殿の隣にある
境内社はというと…↓
『猿田比古神社』。

祭神の猿田彦大神は、
全国で唯一のの神様藍神』として
祀られている。

阿波藍』は、
徳島県を代表する産品のひとつ。

そんなの神が猿田彦大神なのだ。

ちなみに、阿波藍商人の信仰対象は、
海の神エビス様だったのだそうな。

エビスつまり事代主猿田彦の関係は
↓を見れば一目瞭然である。



佐那河内村は『以西(イセ)』と
呼ばれた地域にある。



天孫降臨のシーンでは、
ニニギを吾田の笠沙御前に導いた猿田彦
伊勢の狭長田の五十鈴川上に到るべし
と言った。

つまり、

「伊勢(以西)の
狭長田(佐那河内)の
五十鈴川(園瀬川)」である。


ここに猿田彦大神は居た。


さらに↓
『延喜式内社天石門別豊玉比賣神社
 猿田比古神社と合祀』の碑。


佐那河内村ホームページによると↓
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
社格郷社 元明天皇の和銅3年(710)
奈良時代の初期に豊前国(大分県)
宇佐八幡宮より分祠奉祭され、
分けられて祭られました。

足利時代(室町)では、細川家の祈願所とされ、
江戸時代後半のペルー等黒船来航の際には
蜂須賀候も再三祈願に来たと
記録されています。

祭神は八幡大神で応神天皇。
併神として式内社である
天石門別豊玉姫命(アマノイワトワケトヨタマヒメ)
を祭っています。
豊玉姫命は神武天皇の祖母で龍神です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~

粟国造粟凡直粟飯原氏系図から見るに、

積羽八重言代主神の后神である
粟国魂大宜都比賣神』は、
天石門別豊玉姫神と同一神であり、
豊受大神

そして、
天照大日孁貴命(日神子)の後継者
台与(壱与)(豊日孁命)。

この記事の冒頭で触れた
『天岩戸別神社(別名三社皇太神宮)』に
天手力男神・天照皇太神とともに祀られる
豊受皇太神も同一の可能性がある。

天石門別豊玉比売神社は
実はかなり移動している。

『阿波國式社略考』↓
「徳島城内ニ龍王宮ト云アリ」

以前は徳島城内(城山)に鎮座していたが、
明治8年、徳島城取り壊しの後に
伊賀町の国瑞彦神社に合祀され、
徳島市二軒屋町の忌部神社に遷され、
現在は眉山東麓の春日神社境内に遷され
今に至る。

そして徳島城以前には、
東西の竜王山→大宮神社といった
流れだろうか。


ややこしいので、一旦
大宜都比賣神の神社は割愛して、
敬愛するぐーたら気延日記さんのブログ
などを参考にさせて頂きながら、

関連する史跡や社の足取りを
わかる範囲で地図上に表すと↓
①天岩戸別神社(豊受皇太神)
②大宮八幡神社(天石門別豊玉比賣神社合祀)
③竜王神社
④西竜王山(天石門別豊玉比賣神社元地)
⑤東竜王山(天石門別豊玉比賣神社元地)
⑥宅宮神社(台与の伝承あり)
⑦徳島城跡(天石門別豊玉比賣神社元地元地)
⑧国瑞彦神社(天石門別豊玉比賣神社合祀)
⑨忌部神社(天石門別豊玉比賣神社合祀)
⑩春日神社(境内社天石門別豊玉比賣神社)
※現在



まだまだありそうだが、
これは自分用の資料として
日々アップデートしていこう。




大宮八幡神社、めちゃくちゃ良い。


ただただ楽しい。



太陽が射し込んできた。




佐那河内村、
まだまだ行けていないところばかりですが
最高の村ですよ皆さん❗


佐那河内村の山々を開墾して
棚田が作られたのは、
今から1800年前だと言われてる。

下手したら日本最古クラス。




竜王 豊玉姫。

いずれまた、深堀したい。


一旦、次の神社へと向かいます。


ちなみに、あんまし関係ないけれど、
最近面白かったお菓子↓
卑弥呼のバケーション🤣

香川県仲多度郡まんのう町で製造。

おすすめです❗


ちなみに、
香川県仲多度郡まんのう町勝浦にも
あるのです。


竜王山が❗❗


つづく。


ではまた❗







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