この作品タイトルをご存知の方は多いかと思います。学生時代に文学史の勉強で〈異邦人＝カミュ〉と覚えましたよね。

本がお好きな方なら、「ああ、太陽のせいで人を殺しちゃう、ちょっとサイコパス気味な男の話でしょ😏？」とお思いになるかもしれません。

確かにそうかも。

だって〈太陽のせい〉なんて動機で人を殺すんですよ？　なにそれ。

難解な純文学は理解できませんねぇー

ですが、この奇矯にしか見えない主人公・ムルソーは、異常者でも空気読めない奴でも、もちろんサイコパスでもありません。それは周囲の人間から見た彼の人物像です。

彼自身はそのような〈他人による評価〉といった曖昧なものではなく、もっと揺るぎないどっしりとしたものに満たされ、果てしなく軽やかに生きているのです。

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賢いのか愚かなのか、清廉なのか醜悪なのか、親しみを感じてよいのか警戒して遠ざけるべきか、全く掴みきれないその不思議な性格。

その一方で、自然の美しさ・儚さ・残酷さを、その機微に触れることで限りない喜びとして感じることができる、世俗の一切の穢から隔絶した詩人のような素晴らしい感性を持つムルソー。

彼にとって自然とは、風景とは、

夜の闇であれば質量を伴って厚くのしかかってくるものであり、

田舎の夕暮れ時は糸杉の並木とともに安らぎを覚える風景として感ぜられ、

夏の終わりの海は飛び込んで身体にその冷たさをまとわせたい触覚に訴えてくるもので、

仕事終わりの夕方の気持ちの軽やかさは街角のサンドイッチ売りの声に聞き惚れながら確かめるものなのです。

ああ…。

この人の目で、私も自然や風景を見てみたいです。

海や木々や闇夜や夕暮れがこんなに美しいなんて。

人々がただ行き交う街路にこれほど生気が溢れているなんて。

そして太陽が、ここまで恐ろしいなんて。

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本書は2部構成になっています。

〈第1部〉は、有名な「今日、ママンが死んだ。」から始まります。母親の葬儀を行ったのち、ガールフレンドと海水浴に行った主人公・ムルソーが、知人のいざこざに巻き込まれて人を殺めてしまうまでの話です。

〈第2部〉は、そのムルソーが裁判にかけられ判決を受けるまでが中心となっています。　

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印象的なシーンが第1部冒頭にあります。

埋葬のため、亡くなった母親が暮らしていた遠く離れた養老院まで来たムルソー。母親のことは愛していましたが、最近はほとんど面会に来ていませんでした。

養老院まではバスで片道2時間以上かかるため、〈休日が潰れてしまうのが嫌〉だったのです。

ちょっとどうしようもない人ですね💦

でも…本音としては、わかりますよね？

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養老院の守衛から、「お母さんのお顔をご覧になりますよね？　いま棺のネジを外しますね」と言われた彼は、まさか「いいえ」と答えます。

驚いた守衛からその理由を尋ねられた彼の返答は、

「理由はありません」というものでした。

…そして、守衛から小さな声で「それ、わかるよ」と共感されてしまいます。

おそらくこの養老院で亡くなる方の家族の中には、心から悲しんでいる方もいる一方で、ムルソーのように面会すら億劫に感じていた方もいるのかもしれません。

しかし、そのような人々も、神妙な顔付きをして守衛に棺の蓋を開けさせたりするのでしょう。なぜならそうするのが、世間一般の常識的な振る舞いだから。

だからこそ守衛は、自らの気持ちのままに行動するムルソーに、思わず同意してしまったのでしょう。

やる必要がないと思ったので、しない。

そのことに特に理由などない。

そんな当たり前のことに、感じ入るものがあったのかもしれません。

ムルソーは通夜から葬儀に至るまで、ずっとこの調子です。

煙草を吸いたいけどママンの棺の前だからマズイかな？　いやもう関係ないか吸っちゃえ　とか。

ああ、このミルク・コーヒーは美味いなー　とか。

この辺りの田舎は本当に気持ちがいいなー散歩したいぐらいだ　とか。

ママンもここで暮らす夕方の風景にはさぞかし心が安らいだだろうな　とか。

暑い中、全く汗をぬぐうことなく、儀礼服を着て厳かに歩く養老院の院長などと対照的に、およそ葬儀には似つかわしくないことばかり考えています。

いやまぁ、わかりますけどね。

お母さんは亡くなっているのだから煙草を吸っても何も言いませんし、たとえ葬儀中でも美味しいものや美しい景色は身体にしみますしね。

しかし…伸び伸びしすぎです。

本心はそうだとしても、普通ならもう少し〈葬儀参列者らしく〉振る舞うでしょう。

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さて。葬儀が終わり、日常に戻ってきたムルソーは、海水浴に出掛けて元同僚のマリイと再会し、いい感じにイチャつきます。その後2人は喜劇映画を観に行き、部屋で楽しく一晩過ごします。

ただこれは、母親を埋葬した翌日なのです。

彼は〈葬儀で疲れたから休日はリフレッシュしたかった〉のです。本人もこれがさすがに一般的でないことは承知しています。

しかしまぁ…我慢できないものでしょうか。

酷い奴ではないのです。

同じアパートに住む老人の飼い犬が行方不明になったときは、そのような犬がどこに集められているか、取り戻す手立ても教えてやります。

しかし会話が長引くと欠伸をし、遠慮した老人が立ち去ろうとすると、

「いやまだ居て大丈夫、あなたの犬の話に飽きただけだから」って…。余計失礼です。

なんなんだこの人？

そんな明らかに普通ではないムルソーに対し、恋人となったマリイが〈自分のことを愛しているか？　自分と結婚したいか？〉と尋ねたところ…

「おそらく君のことは全く愛していない。結婚したいのは君自身の問題であり、私の問題ではない。しかし、君が望むのであればいつでも結婚しよう」

え、えええーー？？

◆◆◆

ムルソーは冷たいのではありません。

マリイが自分を好きで結婚したいなら、2人が互いに同じ程度好きになる必要などなく、マリイの気持ち次第でそうすればよいと考えているのでしょう。

彼は〈常識的なあるべき姿〉や〈他人の感情〉といった、自分にはどうにもできないことに頭を悩ませ、時間を費やしたりしません。

大勢の総意である〈常識〉と、彼個人の考えがかなり異なることは理解していますし、

他人の感情は、その人自身が考えればよいことです。

それよりも、今感じている気持ちに忠実に、誰にも侵されることなく自由に、自分の世界を存分に味わっています。

生きるということにおいて、嘘がないのです。

周囲からの視線や、一般的とされる考え方より、自分の気持ちを優先します。

本当に清々しいほど欲望に素直で、そして不思議な人です。

〈不思議で理解できないからこそ、あなたを愛しているのかもしれない〉とマリイが言うのもわかります。

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そんなムルソーは、最近親しくなったアパートの住人・レエモンに誘われて海水浴に行きます。

マリイと海に飛びこんで足を絡めたり、穏やかな太陽に温められた砂の感触を楽しんだりして遊んでいましたが、そこに、レエモンと揉めている人間たちが追ってきて、彼にナイフで切りつけてくるのです。

ナイフでケガを負わされたレエモンはイラつきながら散歩に出ます。彼にムルソーも付き合います。いまや太陽に穏やかさはなく、圧倒的です。光が砂浜で粉々に砕けています。足の裏が焼けそうです…。

喧嘩っ早いレエモンが使ってしまわないよう、ムルソーは彼から拳銃を取り上げて自分のポケットにしまっておきます。なかなか賢明ですね。

その後、レエモンと別れて1人ぶらつくムルソーがあまりの暑さに泉に向かうと、先ほどのナイフの男とまた会ってしまいます。相手も気づき、ナイフを構えて近づいてきます。

太陽が暑い…。

沸騰した金属のような海に錨を投げ込んでいるかのように、太陽はチリリ…とも動かず、彼らの頭上に君臨しています。

焼け付くような太陽の、鋭い光のナイフがまつ毛を噛んで目をえぐり、空は端から端まで裂けて火を降らすかと思われるほどです。そして涙と汗と太陽で視界と思考が激しく混乱したムルソーは、相手に拳銃を撃ち込んでしまうのです。

◆◆◆

ここから第2部が始まります。

ムルソーの考えとしては、これは〈単純な事件〉です。

つまり事実のみを追えば、先に刃物を構えたのは相手であり、それに対する正当防衛ですからね。

しかし、裁判員制度による裁判は、思わぬ方向に進んでいきます。

✱✱✱✱✱✱✱✱

・葬儀で悲しまなかった

・母親の顔すら見なかった

・葬儀翌日に女友達とコメディー映画を観に行き、男女の関係まで持った、信じられない男

こんな人間とは思えないような奴は、死刑で当然！

そ…そうだそうだ！

広場で斬首だ！　公開処刑にしろ！

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恐ろしいですね。

正当防衛による殺人事件のはずが、いつの間にか事件とは全く何も関係のない…

【母親の死で悲しまなかった（ように見えた）】

ことをもとに、殺人事件には関係ない周囲の人々の、感情的なヒステリックさによって裁かれてしまうのです。

問題は殺人についての事実関係の確認であり、それを法に照らした適正な判断がなされるべきなのに。

おそらくムルソーには、信じられない展開だったと思います。

ああ…なんだろう、この感じ。

違う価値観に基づいて、異なる世界で生きる人間とは、それほどまでに許せない存在なのでしょうか。

なぜ〈自分の正義〉を押し付け、従わせようとするのでしょうか。

人はそれぞれ他人に決して侵されない、自分だけの世界を持っているはずなのに。

それを認めてそっとしておいてくれるだけでいいのに。

たとえ家族や親子であったとしても、相手の気持ちに干渉して、それを自分の望むような行動や発言へと誘導することはおかしいです。

自分の世界を大切に守りたい気持ちと同様に、

相手の世界は間違いなく、その人自身のものとして尊重されるべきものなのですから。

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ムルソーはきっと、傲慢に他人の気持ちを踏み荒らすようなこの世界の住人ではなく、別の世界の人間なのでしょう。そこでは彼の考え方のほうがむしろ〈普通〉なのかもしれません。

こんな面倒な世界に間違えて入り込んでしまい、本当にかわいそうに。

きっと彼は、よその国から来た迷い人なのです。

だって彼は

〈異邦人〉ですから

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お読み下さりありがとうございます。

ムルソー、掴みどころがなくて不思議で身勝手で、だけど自然を愛でる描写などはキラキラ✨️のロマンチックぶりで、もううっとりします…❤

理解不能な筋が通ったクズっぷりと、類まれな輝く才能という、その歪（いびつ）さがたまらなくいいんですよ😆！

マリイの気持ちがわかります。

全く好きになってもらえなくて構わないので、こんな人のそばにいて、盲目的に愛してみたいです😍

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『異邦人』は非常に鮮烈な印象を残す作品のため、多くの小説や文章でオマージュされています。

私も本書を読んだのは、おそらく遠藤周作の『真昼の悪魔』に出てくるサイコパスな女医が読んでいる設定がきっかけだったかと思います。

（※ドラマもあるのですね。キャスティングをチラ見しましたが、原作と設定がかなり違いますね😅）

この女医はありきたりな、ジュニア向けのサイコパスではありません。芯から震えます。さすが遠藤周作な作品です。

もっとわかりやすく＆エンタメ的に仕上げられたものなら、山田詠美さんの『ぼくは勉強ができない』という作品があります。3時間ぐらいで楽しく読めて、なんか賢くなった気分になれちゃう⤴️小説です。

主人公のアホっぽい友人が『異邦人』を読んでいる設定で、中二病っぽく馬鹿にされています。しかしそれはダミーであって、山田さんが描きたかった本書の骨子こそがおそらく『異邦人』ではないかと私は思っています。

清潔なエロスや、イケてると思い上がっている人間への懲らしめもきちんと入った、エッジ✨️が効いた作品でとってもお薦めです🎵

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なお、本書『異邦人』の原題は『L'Étranger（エトランジェ）』と言います。

スピッツのアルバム〈フェイクファー〉の1曲目に収録された曲タイトル〈エトランゼ〉と同じですね。

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ウミガメ🐢だった頃に（←すでにこの発想がどうかしている…）、見知らぬ街で静かにすれ違ったかも…お互い気付かないかもね…ぽやぽや…

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といった雰囲気の、優しくまどろんだミルクホワイトの曲です。

いやまさか、本書からタイトルを取ってはいないと思いますよ。全然イメージ違うしね。

だけど…もし、もしそうなら…

マサムネさんは　

本当にどうかしてますね。

【読書】アルベール・カミュ「異邦人」