あきらめない人 | 村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

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元NHKエグゼクティブアナウンサー、村上信夫のオフィシャルブログです。

彼女と出会ったのは、今年2月11日のこと。

東京、国際フォーラム。

そのあと、すぐ口説いた。

ボクの直観せンサーが働いて、もっと深堀りしたくなったのだ。

2回目の対面は、

7月31日、大阪のシャナナテレビのスタジオ。

新潟県佐渡島から、はるばる来てくれた。

せっかく口説いたのに(笑)、「いきなり明日結婚式なんです」という。本人も驚くスピード展開。

しかもお相手は、つとにしられる佐渡島に本拠を置く太鼓の芸能集団「鼓童」のメンバーの一人だという。

 

彼女は、佐渡テレビのアナウンサー、宍戸美憂さん。28歳。

ボクが彼女を見染めたのは、くにまもり演説大会。

1958人の20代の若者の中から、

3次審査を経て決勝に残った8人のうちの一人だった。

これからの日本を託す人材を育てているキャリアコンサルティングの主催の演説大会。ボクは、審査員の一人として会場にいた。

 

宍戸さんも、キャリアコンサルティングの門下生。

7つのランクに分けられた認定試験を受け、そのすべてをクリアしている。これからの日本を託せる有為な人材だ。

リーダーとして組織を発展させて成果を出すために必要な「目の前の人の心に火を点ける能力」を磨いている。

宍戸さんの演説大会のテーマは、「あの日、失われた声を繋ぐ」だった。東日本大震災で、自分の命を投げうって、多くの人の命を救った南三陸町役場の女性の想いを受け継ごうと思っている。つい最近も熊本で大地震があったが、災害国日本の防災意識の重要性を痛感している。アナウンサーとして、日常に防災意識を根付かせる番組づくりに取り組んでいる。

 

彼女は、アナウンサー試験に挑み、150社すべて不合格だった。そのめげないバイタリティーには脱帽だ。

一度念じたら、岩をも通すような信念。不屈の闘志は素晴らしい。あきらめない人なのだ。

さすがにもう無理と思いかけたとき、山梨県のラジオ局の募集があり、ラジオか〜と思いながら受けたら合格したのだ。

そして、山梨県のFM FUJIに就職。

彼女のこだわりの詰まった番組をオンエアしてきた。

山梨県の日本酒のアンバサダー「蔵ガール」にも任命された。

実は、日本酒が大好きなのだ。

 

FM FUJIに入社してから「防災士」の資格も取った。

番組に親しみやすい防災コーナー「備えましょう」も作った。

東日本大震災の被災地を訪れ、いろんな人の話を聴くうちに、

放送を通して「防災」を伝える使命感が高まった。

被災者でもないのに、なぜそこまで思うのか自分に問うてみた。ひとことで言えば、一人でも多くの人に「生きていてほしいから」。防災を自分の声で伝え続けることは、小さなことかもしれないが、大好きな生まれ故郷の八王子や山梨、今いる佐渡島に暮らす人たちの命を守るために微力を尽くしたいと思っている。

そう、実は、彼女は、山梨から佐渡島に行ったのだ。

 

能登半島地震が起きたとき、少しでも近くに行かなくてはと本能的に思った。能登周辺のテレビ局を探し、見つかったのが佐渡のケーブルテレビ。縁もゆかりもなかった佐渡で、防災企画を放送している。こまめに10地区の防災会議に足を運び信頼を得るようにした。佐渡は「地域防災力」が高い。佐渡をロールモデルにして全国に発信したいと思っている。

彼女は、あきらめない人だ。

 

これからは、夫の活動を支えながら、日本の伝統である和太鼓の魅力を伝える役目も加わる。

高校と大学では、サッカー部のマネージャーをしていたことがある。マネージャーが天職だと思っている。自分よりも誰かを支えたいという気持ちが強い。プレーヤーが集中できる環境をつくることがとても好きだった。

太鼓奏者の夫も支えるのは、お手の物であろう。

防災を伝えながら、命を救う役割も、天職の一つだろう。

人の喜びが、自分の喜びになる生き方を、28歳にして会得している。

 

宍戸美憂さんの3つの縁を聴く、シャナナTV『縁たびゅう』。

配信は、9月7日(月)からの週と21日(月)の週に予定。

11:30~と20:30~の毎日2回配信。

ほどなく、YouTubeで、いつでもどこでも見られる。

24時間常時放送のインターネットテレビ局 - シャナナTV (shanana.t

 

風呂敷で防災頭巾を作る