「わからなさ」は、人生そのもの | 村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

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元NHKエグゼクティブアナウンサー、村上信夫のオフィシャルブログです。

若村麻由美さんが、舞台で初の老け役に挑んだ。

それはそれは、可愛いチャーミングなおばあちゃんだった。

 

若村さんは「この作品が私の最後になっても悔いのないよう演じたい」と事前の記者会見で話していた。そう言わしめたのは、「役者は生涯修行。柩の蓋が閉まるまで精進」と恩師・仲代達矢さんの言葉を胸に秘めての舞台に臨む覚悟と受け止めた。

「仲代さんの演劇DNAが自分に刻まれていると信じて、目前に控えた舞台『飛び立つ前に』へ全身全霊を捧げます」と告別式の日にも語っていた。

 

その作品とは、フランスの劇作家フロリアン・ゼレールの戯曲「飛び立つ前に」。

登場人物は、6人だけ。それぞれが抱える思惑の疎通が出来ない。それぞれが「ひとりごと」を言っているよう。観客もハテナマークがいっぱい。

「いても立ってもいられないほどわからない。こんな経験はしたことないですよ」と舞台歴60年を超える名優・橋爪功さんが言うくらいだから、わからなくて当然かも。その「わからなさ」は、人生そのものに通じているのかもしれない。

橋爪さんの演じる主人公は、著名な作家。長年連れ添った妻(若村麻由美)と家を離れた2人の娘(奥貫薫、前田敦子)がいる。穏やかなはずの日々だが、会話のそこここに不穏な影がつきまとう。そして、差出人不明の花束が届く。

そもそも、夫は、妻は生きているのか、死んでいるのかも判然としない。誰の視点なのかもわからない。

橋爪さんは「あいまいさ」を芝居として成立させたことに、作家の力量をみる。そして「この芝居、生きてることそのもののような気がするんですよ」と語る。

多くの人は、わかったような顔で生活している。だが、人生は、「何だかよくわからないし、答えも出ないし、結局何にも解決しない」ものだ。

人生と舞台が交錯し、見る者に揺さぶりをかけてくる。

(朝日新聞掲載の橋爪功さんのインタビューを参考)

 

「この作品は、大切な人を失ったことのある人に見ていただきたい。去年、母が飛び立ちました。そして、私の恩師・仲代達矢さんが飛び立ちました」と目を潤ませてながら語っていた若村さん。「今、この世にいない人たちも私たちの心に一緒にいるという温かな光を感じていただける作品」と思いながら、長丁場の公演に挑んでいる。

劇場のどこかで、仲代達矢さんが微笑みながら観ているような気がする。そして、演じている若村さんにとって、何よりの恩師への供養になると思った。

 

11月23日~12月21日、東京・池袋の東京芸術劇場シアターイーストで上演中。その後、兵庫、島根、宮崎、秋田、富山と巡回する。