今朝の「あんぱん」。
出征していく主人公の嵩を万歳で見送るシーン。
突如、生みの母の登美子が現れ叫ぶ。
「絶対に帰ってきなさい。逃げ回ってもいいから。卑怯と思われてもいいから。何をしてもいいから。生きて帰ってきなさい」
国防婦人会の女性から「それでも帝国軍人の母親ですか!」と詰め寄られてもひるまない。
「戦争に行く子に死んできなさいと言えますか!?死んだらだめよ。生きるのよ!」
表面上は軍国の母でいなければならなかったかもしれないが、母親の偽らざる心境を代弁した台詞だった。
脚本家・中園ミホさん、お見事!と賛辞を贈りたい。
戦前・戦中・戦後と激動の時代を生きたヒロイン・朝田のぶ(今田美桜)と、彼女の夫になる柳井嵩(北村匠海)が織りなしていく“愛と勇気”の物語を描く「あんぱん」。
アンパンマンを生み出した漫画家・やなせたかしと妻の小松暢をモデルに物語を大胆に再構成し、フィクションとして描いたオリジナル作品。
朝ドラ「あんぱん」の中で戦争を描くということを、中園ミホさんが語る記事を見つけたので要約する。(NHK財団 ステラネットより)
戦後80年の放送ということを強く意識しました。やなせたかしを描くことは、戦争を描くことだ、と私は考えています。
私はやなせさんと小さい頃に文通をしていたことがあるのですが、当時小学生だった私にも反戦の強い思いを語ってくださったし、何よりもアンパンマンが出来上がったのは、やなせさんの戦争体験が原点になっていると思っています。
やなせさんのメッセージを伝えるためには、まず戦争というものをちゃんと描かなきゃいけない。やなせさん自身も、最初は日本が正しいと思って、これは正義の戦争だと思って、戦地へ行くわけですが、それがガラッとひっくり返る、という体験をされたんですよね。
「ひっくり返らない正義って、なんだろう? それは、お腹が空いて困っている人がいたら、ひとかけらのパンを届けることだ」という、まさにアンパンマンの神髄につながるんですけれど、そこに至るまでの青春、そして戦争によって奪われた時間、さらには戦後の混乱の中でもがいて生きる姿を、きちんと描きたいと思いました。
やなせさんにとっては、弟がものすごく大きな存在で、『やなせたかし おとうとものがたり』という、すばらしい本も残しています。みんなが羨むような自慢の弟さんだったんですよ。やなせさんはかなり複雑な生い立ちで、弟は伯父さんたちと一緒に寝ているのに、自分は違う部屋で寝ていたり、常にコンプレックスを抱いていたと思うんです。
ですが、そんなやなせさんは傷ついていたと同時に、一番近い存在である弟をものすごく愛していた。その弟を戦争で亡くしてしまったというのは、やなせさんにとっては大きな事件だったと思うんです。アンパンマンのモデルはその弟、千尋である、というふうに、やなせさんはおっしゃっています。
改めて調べてみたら、やなせさんは40代のときに最初のアンパンマンを描かれているんです。今の姿とは違う、おじさんのアンパンマンを。40代の後半で、やっとその境地にたどり着いたんだなと思いました。
やっぱり大きな喪失感とか、戦地での大変な経験とか、信じていたものが全部壊れる瞬間とか、そういうものが全部あったうえで生まれたのが、アンパンマンなんです。
周囲から「愛国の鑑」と称されながらも、常に自己と葛藤しているヒロインなので、脚本を書いている間も、辛かったかったです。
当時の女学生の手記をたくさん読んだのですが、真面目で純真な女の子はほぼみんな、軍国少女になっていくんです、特に正義感の強い人は。そういう純粋でまっすぐな女の子を想像しながら書きました。
国全体がそういう雰囲気だったので、その渦中にいた人たちは純粋にそっちにいってしまったと思うのですが、過ぎた時代の今、この時代を描くのは本当に苦しかったんです。
ドラマ第1回の冒頭は、
「正義は逆転する。信じられないことだけど、正義は簡単にひっくり返ってしまうことがある、じゃあ、決してひっくり返らない正義ってなんだろう」という嵩のモノローグから始まった。
冒頭で語られた「簡単にひっくり返ってしまう正義」が、このドラマのテーマになっているように思うが、その描き方が実に見事で、朝ドラにおける戦時下の表現として回を重ねるごとに、緊張感と凄みのある描写に変わっていく。
戦前を舞台にした朝ドラで、これまでヒロインは戦時中の価値観に疑念を抱く存在として描かれてきた。
だが、主人公のぶはむしろ当時の愛国思想に染まり、子どもたちに国のために死ぬことは素晴らしいことだと教える教師という立場にある。
のぶは、性格が強気で男しか参加できないパン食い競争に参加することで、男尊女卑の日本社会に反発する強い女性としても描かれていた。
そんな彼女が進学して教師という職業につき、働く女性として成長していく中で、いつの間にか戦前日本の軍国主義を内面化し、実に自然な流れで「愛国の鑑」となっていった。
のぶの考えが、逆転することが前提の正義(戦前の価値観)として描かれている。
男たちが次々と物語から退場している。
朝田家に居候して、あんぱんを作っていたヤムおじさんこと屋村草吉が、軍の依頼で乾パン作りを朝田家が引き受けたことをきっかけにどこかへ立ち去った。ヤムおじさんががいなくなってから物語が本格的に戦時下に突入したように感じる。
人は自分の生きている時代の価値観から逃れることはできないし、その価値観の正否を冷静に判断できるようになるのは、その時代が終わってからだ。
令和の現代においても、「正義と思っていたもの」は、いつでも簡単に逆転する。戦前を描きながら、大政翼賛的な価値観に染まる恐ろしさ、むなしさ、哀しさを突き付ける。
時代から学ばなければならない。
中園ミホさん