富山は、桜盛り。松川べりは満開だった。
去年に続いて富山でも花見が出来た。
「無になる」について。
●技術を得た上で「無」になり、空っぽになり作品が生まれる。
●断捨離をしていると無になれる。
●絵画鑑賞のとき、頭の中を無にしておく。
●身体の力を抜き、感じるまま、ありのまま。
●机の上をキレイにして気が散らないようにする。
●25年茶道をしている。茶室の空間は「無」。
●民謡を習っているは、上手下手はない。いい歌があるだけ。
いい歌は、上手く歌おうとしないこと。無心になって。
●困りごとが起きて心の整理をつけるとき、「興味ない」と呟く。無になる魔法の言葉。
「清める」について。
●無になる装置として清める?
●トラウマの出来事を清めたい。
●幽体分離して関わらない。
●イエスは、ヨルダン川の水で清めてヨハネから洗礼を受けた。
●お清めことばを口にする。
ありがとう、うれしい、たのしい、しあわせ、ふわふわ…
●「祓えたまえ、清めたまえ、守りたまえ、幸えたまえ」と唱え、清めている。
●有難うを100回から120回に増やした。
●同じ目的の仲間と「起伏に富まない」人生を送っている。
●365日、毎日色の変わる日めくりめくるのがお清め。
●丁寧に風呂掃除。
●人生51勝49敗でいいと思うと清められた気持ちになれる。
2つのことばについて、それぞれの心の扉が開いた。
扉が開いて出てくることばを聴きながら、
その「身の上」に寄り添う。
「疑似体験の場」という人がいたが、その通りだと思う。
ことばを丁寧に丁寧に掬い取り、ことばの出汁を取る場だ。
立山連峰も望めた
女子9人に圧倒された(笑)