朝乃山 復活の十両優勝 | 村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

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元NHKエグゼクティブアナウンサー、村上信夫のオフィシャルブログです。

元大関の朝乃山が、初の十両優勝を飾った。

長い長い「雌伏」の時を経て復活の狼煙を上げた。

「6場所出場停止」という処分は重すぎるという声もあったが、

今となれば「必要不可欠」な時だったのだろう。

朝乃山がさらに一回り大きくなるための「必要な時」だったのだろう。

この時の悔しい思いを土俵で返していくしかない。

 

初の十両優勝を決めた朝乃山にとって、1月21日は特別な日だった。母校の富山商高相撲部監督の浦山英樹さんの命日。

6年前、40歳の若さで亡くなった恩師に朗報を届けることが出来た。

「1つでも恩返しができたら良いなと思っています。白星が取れて良かった」と感慨深そうに言った。  

千代の国の突き落としで1度はよろめいたが、こらえて立て直す。

右を差して土俵際まで押し込み、相手の粘りにも動じず寄り倒した。

その後、2敗で追う金峰山が平幕の剣翔に敗れたため、千秋楽を待たずして優勝が決まった。

相撲を本格的に始めた中学時代から、亡き恩師の浦山さんを師と仰ぎ、得意の右四つを徹底的に磨いてきた。中学時代に左肘を負傷して相撲を辞めようと思っていた際には「富商に来い。俺が強くしてやる」と声をかけられ、近大時代は角界入りの背中を押してもらった。

心の支えだった恩師は2017年1月、がんのため40歳の若さでこの世を去った。遺族から託された遺書には「(本名の)石橋、お前はよく相撲を頑張っている。俺の誇りだ。横綱になれるのは一握り。お前にはその無限の可能性がある。富山のスーパースターになりなさい」。病気の影響で震えた文字に熱い思いがこもっていた。

そんな亡き恩師の願いを、新型コロナウイルスのガイドライン違反により裏切った。6場所出場停止から復帰する昨年の名古屋場所前の6月下旬に法要で富山に一時帰省すると、浦山さんの父松男さんから「息子が一生懸命に目をかけていたからこそ、放っておけない」と厳しく接してくれたことがありがたかった。

自らの口で1年での幕内復帰を宣言した。復帰4場所目の今場所で、

十両に戻ると、初日から10連勝。

松男さんは場所中欠かさず息子に活躍を報告した。

11日目に大翔鵬に敗れた際には「力を貸してやってくれ」と祈った。

きょうの千秋楽に勝って14勝すれば幕内復帰も視野に入る。

朝乃山は「しっかり目の前の一番に集中するだけです」ときっぱり。

亡き恩師に少しでも早く幕内での姿を見せるためにも、「15日間相撲が取れる感謝を込めて」土俵へ上がる。

(日刊スポーツの記事参照)