107歳の境地「これでおしまい」 | 村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

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元NHKエグゼクティブアナウンサー、村上信夫のオフィシャルブログです。

墨による抽象表現の先駆者、篠田桃紅さんが、今年3月、107歳で永眠された。生前の謹言をまとめた本を読んだ。

その名も『これでおしまい』。

潔さと達観が感じられ、いかにも桃紅さんらしい。

 

桃紅さんは、言葉の面でも、自由で捉われがない。

「人生は最初からおしまいまで孤独」で「人間は死ぬまで一生迷路に入って」おり、「幸福なんてものは主観」なのだから、「心の持ちようで何でも受け入れる方がいい」と言い切っている。つけいる隙は一分もない。自ら人生を投じた芸術についても、「芸術なんていうのは全部無駄なこと」で、「富士山などに雪が降っているのを見ると、絵なんていうものは、吹き飛ぶような存在」なのだから、「何も描いていない状態が一番いい」のであって、むしろ世の中が「不幸だから芸術というものに、人は心を寄せざるを得ない」と言って憚らない。

 

このほかにも…

●人はどのように考えてもいい。考えてもいいどころではない。どのようにも考えなくてはいけない。それが人生を生きる鍵。

●自由はあなたが責任を持って、あなたを生かすこと。 あなたの主人はあなた自身。あなたの生き方は、あなたにしか通用しない。

●なまじ色で具体的に表現するより、墨の濃淡だけで想像させるほうがよほどいい。人々の想像力の方が、ずっと優れている。

●歳を取ると、体の対応が減る。精神的な対応は深くなる。

●人は何も持たないで生まれてきて、そしてまた何も持たないで生涯を終える。その何もない究極の孤独と哀しみの中でしか生まれないものがあると思う。

 

その言葉の数々は、最小限の水と墨の濃淡、そして余白からなる篠田の絵のようで、読む者の内なる想像力を喚起する。一方的な人生訓とは大違いだ。そうして、自分の言を否定するが如く、最後の「あとがき」で「世迷い言」と断ずる。恐れ入るしかない。