池内紀さんが伝えたかったこと | 村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

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元NHKエグゼクティブアナウンサー、村上信夫のオフィシャルブログです。

ドイツ文学者の池内紀さんが、8月30日亡くなった。享年78。

池内さんには、ラジオ番組に何度かご出演いただいた。

洒脱な人だった。

博識な人だった。

人生の楽しみ方を心得た人だった。まるでゲーテのように。

池内さんは、多くの翻訳やエッセイを手掛けてきたが、

なかでもゲーテには、想い入れが深かったようだ。

 

ラジオでゲーテの話をしてもらったとき、それはそれは愉しそうだった。

ゲーテには、重々しいイメージがあるが、

実は「楽しくおかしな人」だった。10代の頃から恋愛の絶え間がない人だった。74歳の時19歳の女性に求婚して振られている。

森羅万象、多くのことに興味を抱いた。博学多才の教養人であり、それでいて納まり返ったところのない自由人だった。詩人であり、画家であり、旅行家であり、天体観測、気象観測、骨相学、植物学…興味の範囲はとどまるところを知らない。

自然を愛し、森を歩き、山に登った。雲を描くのが好きだった。

石集めも好きで、やめようやめようと思いながらやめられず2万個近く集めた。ゲーテは「気力をなくすと一切を失う。それなら生まれてこない

ほうがいい」とまで言い切っている。池内さんも「ゲーテは、人生は楽しく生きるものと考え、そのための工夫をしていたと思う」と語っていた。

 

池内さんもゲーテさながらの人生を送ってきた。

温泉旅、喫茶店通い、山登り、デッサン、ギター、将棋、歌舞伎鑑賞…

オリンピックのように4年に1度新しいことに取り組んだ。「いつでも1年生でいたい」「心の新陳代謝のために新しいことを始めないと干からびてしまう」と微笑んでいた。

池内さんは、仕事と趣味の時間を明確に分けてきた。趣味のために仕事をしているといってもいい。早起きして午前4時から10時まで仕事して、それ以降は、自分の好きなことに費やした。

 

池内さんの晩年の著書『すごいトシヨリBOOK』には、楽しく老いる極意が書かれている。

市販の手帳に、「77歳には世の中にいない」という予定で、それまでにアレをしたいコレをしたいという計画を書き込んだ。すごいトシヨリになるために。

この本には、病気や死に対する思いも書かれている。

「いろんな検査を受けて心配事を増やすのは馬鹿馬鹿しい」

「自分の主治医は自分」

「治らないものは治そうとしないほうがいい」

「生きるでもなく死ぬでもない状態に留め置かれている人が多い」

「下り坂の病人は、巨大な病院ではなく町医者に終末の医療を考えてもらったらいい」

「老化という心身劣化の過程をまじまじと見ておきたい。それが身におびた時間の意味深さだ」

「容赦なく襲ってくる老化現象を面白がる」

池内さんは、ご自分で立てた「ほぼ予定通り」の78歳で、この世を旅立った。今ごろはゲーテさんと愉しく語り合っているかもしれない。