石川真理子さんは褒め上手 | 村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

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元NHKエグゼクティブアナウンサー、村上信夫のオフィシャルブログです。

ボクは、生来、褒められたいくせに褒められると気恥ずかしくなり、

穴があったら入りたくなる性分だ。

作家の石川真理子さんに、過分な褒めことばをいただいた。

穴に入り込みたい心境なのだが、ここまで手放しで褒められたら、

素直に嬉しい。なんだかボク以上にボクのことをわかってもらっているようで嬉しい。

 

先日、都内某所で会食をしたのだが、

まさに「肝胆相照らす」時間、「腹心の友」を得た気分だった。

その翌日のうちに、石川さんは、自分のブログに、ボクを「思索の人」と持ち上げてくださった。この日、久しぶりにお会いしたのだが、久しぶりという感じがまったくないと思っていたら、石川さんは、こう表現してくださった。

何の緊張も抵抗もなく
時間や距離の感覚も介在しない。おだやかな軟水が心のひだに静かに広がりゆくよう

まるで「つづき」のように会話が始まり
即座に核心的な内容に入り込んでいきます。
それでいて、いかにも難しい話、深い話をしている

というような一種の重さは皆無。
 
ボクの聴く姿勢について。

その「聴き方」が並大抵ではないのだ。
相手の言葉を余すこと聴く、などというのは当然すぎることで
村上さんは、その言葉の向こうに広がる世界そのものを

全身で感じ、吸収している
村上さんは言葉の達人、話すことの達人ですが
同時に聴く達人である。

 

そして、ことばに向き合う姿勢について。

熟成発酵させるがごとく、しばらく置いてから
伝える前にいったん胸のあたりであたため、

それから初めて言葉を口から紡ぎ出し、相手に伝えていく。

村上さんを
「言葉の達人」であり「聴く達人」である以上に

「思索のひと」だと感じている。
ものごとを論理的に深く考えていき、そしてある時点で

この世界は筋が通るようでいて、必ずしもそうではないとつくづく納得し、それを許容したうえで、自分なりの筋道を立てていこうとするそんなあり方が見える。
それは、相手をどこまでも許容し、
その人に今いちばん必要な言葉を語ることに繋がっていく。

村上さんの言葉磨きは、単に表面的な「嬉しい言葉」「きれいな言葉」ではないということ。

 

こうまで評価されたら、「いったい誰のこと?」という感じだが、

こうありたいとは思っていること。

だが、肝胆相照らす、腹心の友と思えたのは、

ことばが浮遊せず、絡み合い、共鳴しあったからだろう。

石川さんが、丹念にことばを掬い取ってくださったからだろう。

心にすっと染み入るような文章で「村上信夫」を紡いでもらった。

穴に入り込まず、堂々と受け止めたい。感謝。

 

石川真理子さんのブログから、一部引用させていただいたが、ほかの記事も、なかなか読み応えあり。ぜひご一読を。

 

(2018年2月号 清流対談の写真

@中川真理子・撮影)