昨日の自分を超えていく | 村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

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元NHKエグゼクティブアナウンサー、村上信夫のオフィシャルブログです。


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ジャパネットたかた創業者の髙田明さんの絶妙トークの

師匠は、室町時代の能楽者・世阿弥だ。

そのことは、対談したときに伺っていたが、

たまたま書店で髙田さんが世阿弥のことを書いた本を見つけた。

 

不遇の時代をいかに過ごし、絶頂のときにいかに慢心を抑えるか。

他人の評価に一喜一憂することなく、ただひたすらに自分の夢を追い続ける。昨日の自分を超えていく心構えを世阿弥は教えてくれる。

他人と比べるのでなく、昨日の自分がライバル。 

すべての経験は、明日をよりよく生きるための糧だ。

昨日の自分を超え、常に「自分史上最高」を目指していく。

いま、この瞬間を大切に生きていく。

 

世阿弥は言う。

時の間にも、男時(おどき)・女時(めどき)とてあるべし。

男時とは、自分に勢いがあるとき。

女時とは、相手に勢いがあるとき。

これは、努力ではどうにもならない。

だから受け入れる。時流が変わるのを待つ。待てば転機が来る。

男時は果敢に攻め、女時は耐えしのび、やがて来る男時に飛躍するため英気を養う。自分ではどうすることも出来ないことは諦め、自分でどうにか出来ることに集中する。

人の悩みの99%は、悩んでもどうにもならないこと。起きたことをすべて受け入れ、失敗と思わない心のクセをつけたらいい。

 

世阿弥は言う。

是非の初心忘るべからず。時々の初心忘るべからず。

老後の初心忘るべからず。

人生のどのタイミングでも、その時々の「初心」がある。初心=未熟さを心に留めておけば、成長の階段をいくつになっても上がっていける。

年を重ねたからと言って、これ以上、自分を高められないことはない。

いくつになっても成長の余地はある。世阿弥は「初心を忘るれば初心へかへる」とも言っている。毎日が新しい初心の発見の連続。一期一会の新しい初心がある。

 

世阿弥は言う。

一調、二機・三声とは定むるなり。

心と体の中で音程を整え、タイミングを計り、目を閉じ息を止めてから

声を出すとよい。相手を引き付けるタイミングを踏まえ、その上で声を出す。必然の時を探る「間」は、次の「有」を生み出す「無」。

世阿弥は「諸人の心を受けて声を出だす」とも言っている。観客の期待が最高潮に達した瞬間に声を出すのがよい。

 

世阿弥は言う。

心を十分に動かして身を七分に動かせ。

心を十分動かすのは当然だが、体まで十分に動かすと、余計な力が入ってしまう。10伝えたいことも5に絞る。人は聞きたいことしか聞いていないから。

 

世阿弥は言う。

我見、離見、離見の見。

役者自身の視点、観客の視点、役者が観客の視点で自分を見る客観的俯瞰のこと。いくらお買い得商品でも我見で語っていたら相手に響かない。客の立場になって、商品の魅力をわかってもらえるように話すことで、売る側と買う側双方の視点が一致する。さらに、相手に真意が伝わっているか想像しながら話せると、結果もついてくる。他者を理解する心を持ち、独りよがりにならない努力を怠らないことだ。「商品の先にある幸せ」を伝えてきた。

 

世阿弥は言う。

命には終わりあり。能には果てあるべからず。

自分の人生に終わりはあっても、自分の生きた姿は誰かの記憶に残る。そう信じる人には、無限の可能性が広がる。次に続く人たちに美しい生き方を残せる。