花みて思うことから自分に置きかえる | ナレーター野引香里「ノビッキ」

ナレーター野引香里「ノビッキ」

ナレーター 野引香里のブログです。
心屋リセットカウンセリングマスターでもあり、
心のこともたま~に綴ります。


テーマ:
今日は午前中で終わるお仕事でした。

それならばと少し早く出かけ





蓮をみる。



こんばんは、野引香里です。
蓮は朝しか咲かないからね。






上野恩賜公園の不忍池は…





わたしを殺す気か!?





ってくらい暑かった。




先日うまくいかないことがあって、
なんとも虚しい気持ちでいました。


ベランダで育てている朝顔に水をやりながら
翌朝に備えて花びらを巻いている蕾に向かって


明日わたしが寝坊して
咲いてるところを見なかったら
花を咲かせても意味ないね。



そう思ったときに気づきました。




このオンナ頭おかしいぞ。
(※つまりわたし)



朝顔は誰かに見てもらおうと
咲いているのではなく

ただ咲いている。


だって朝顔だもん。


わたしが見ようが見まいが
もともと意味なんてないのに。


そうか、わたしは
誰かに認められなきゃ
生きてる意味なんてないって
思ってのか


わたしの虚しい気持ちも
認めてもらえないことから
やって来ていました。


ただ、わたしがわたしを
認めていないだけなのにね。



うふふ…


おばーかさん♡
※自分に甘い




ちょうど昨年の今ごろですね。

京都での心屋マスターコースの
最初の二日が終わった翌日

京都の蓮の名所
勧修寺へひとりで参りました。


当時はまだ誰とも仲良くなかったからね。
(あれ?今も!?)


その時のブログです。
『ぶぶ漬けでもどうどす』



京都への恨み節が炸裂です(笑)
京都の人は読まないほうが賢明ですね。



これ書いてて思い出しました。
そういえばわたし心屋カウンセラーだった。





蓮は好きですよ。
蓮に罪はないのは知ってる。


蓮の咲く時期が罪深いの。